業務に起因しない疾病に対する労災認定:立証責任と相当因果関係の重要性 – GSIS対CAおよびリワナグ事件

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業務起因性がない疾病における労災認定の壁:GSIS対CAおよびリワナグ事件の教訓

G.R. No. 128523, 1998年9月25日

導入

フィリピンにおいて、労働災害補償制度は、労働者が業務に関連する事故や疾病によって負傷、障害、または死亡した場合に経済的保護を提供することを目的としています。しかし、全ての疾病が自動的に労災認定されるわけではありません。特に、業務に起因しない疾病の場合、労働者は労災認定を受けるために、その疾病が業務によって悪化した、または業務環境が疾病のリスクを高めたという因果関係を立証する必要があります。最高裁判所が審理したGSIS対CAおよびリワナグ事件は、この立証責任の重要性と、いかにそれが労災認定の可否を左右するかを明確に示す事例です。本稿では、この判例を詳細に分析し、同様のケースに直面する労働者や企業が理解しておくべき重要な教訓を抽出します。

法的背景:PD 626と労災補償の原則

フィリピンの労災補償制度は、大統領令第626号(PD 626)およびその改正法によって規定されています。PD 626は、以前の労働者災害補償法(Workmen’s Compensation Act)における「補償責任の推定」と「疾病悪化の理論」を放棄し、より厳格な立証責任を導入しました。現在、労災認定を受けるためには、以下のいずれかを証明する必要があります。

  1. 疾病が、労災補償規則の附属書Aに列挙された職業病であること。
  2. 疾病が職業病リストにない場合、疾病のリスクが労働者の労働条件によって増加したこと。

重要なのは、単に「業務中に」疾病が発症しただけでは不十分であるということです。労働者は、疾病と労働条件との間に「相当因果関係」が存在することを「実質的証拠」によって立証しなければなりません。「実質的証拠」とは、合理的な人が結論を支持するために適切であると受け入れることができる関連性のある証拠を意味します。

この原則は、社会保障制度の健全性を維持するために不可欠です。もし、本来補償対象とすべきでない疾病まで安易に補償対象としてしまうと、国家保険基金の財政が危うくなり、真に補償を必要とする労働者への給付が滞る可能性があります。したがって、社会保障法は労働者保護を目的とする一方で、基金の持続可能性も考慮したバランスの取れた運用が求められています。

本件に関連するPD 626の条文は以下の通りです。

第3条 補償の対象となる疾病

(b) 疾病およびその結果としての障害または死亡が補償されるためには、当該疾病は、これらの規則の附属書「A」に列挙された職業病であり、そこに定められた条件が満たされている必要があります。そうでない場合は、疾病に罹患するリスクが労働条件によって増加したことを証明しなければなりません。

第1条 実質的証拠

実質的証拠とは、単なるわずかな証拠以上のものであり、合理的な人が結論を支持するために適切であると受け入れることができる関連性のある証拠を意味します。

ケースの概要:リワナグ氏のB型肝炎と労災申請

故ハイメ・リワナグ氏は、フィリピン国家警察(PNP)の上級警視であり、27年間警察官として勤務しました。2014年8月、リワナグ氏は腹水と食欲不振を訴え、マニラ医療センターに入院。CTスキャン検査の結果、肝硬変と肝細胞がんの疑い、そしてB型肝炎であることが判明しました。懸命な治療にもかかわらず、リワナグ氏は同年9月、上部消化管出血、B型肝炎に続発する肝硬変、肝細胞がんにより48歳で亡くなりました。

妻であるゼナイダ・リワナグ氏は、夫の死後、政府保険制度(GSIS)に労災補償を申請しましたが、GSISはこれを否認。その理由は、リワナグ氏の疾病が職業病リストに該当せず、また警察官としての業務が疾病のリスクを高めたとは認められないというものでした。異議申し立てを受けた従業員補償委員会(ECC)もGSISの決定を支持し、リワナグ氏の労災申請は最終的に却下されました。

ECCは、リワナグ氏の疾病(上部消化管出血、B型肝炎に続発する肝硬変、肝細胞がん)が職業病リストにないこと、そして妻のリワナグ氏が、これらの疾病のリスクが夫の警察官としての業務によって増加したことを証明できなかったことを理由としました。ECCは、肝硬変と肝細胞がんの原因として、先天性要因、化学物質、感染症(B型肝炎など)を挙げ、これらの疾病は警察官固有のものではなく、誰でも罹患する可能性があると指摘しました。

控訴裁判所の逆転と最高裁判所の判断

ECCの決定を不服として、妻のリワナグ氏は控訴裁判所に上訴しました。控訴裁判所は、PNPが作成した2つの報告書(死亡調査報告書と職務中の死亡(LOD)委員会報告書)を重視し、ECCの決定を覆しました。これらの報告書は、リワナグ氏が警察官採用時に身体的・精神的に健康であったこと、そして勤務先の部署でB型肝炎陽性者が複数いたことから、リワナグ氏が業務中にB型肝炎に感染した可能性が高いと結論付けていました。控訴裁判所は、これらの報告書がPD 626で求められる「実質的証拠」に該当すると判断し、妻のリワナグ氏に労災補償を認めました。

しかし、GSISは控訴裁判所の決定を不服として最高裁判所に上告。最高裁判所は、控訴裁判所の判断を覆し、ECCの決定を支持しました。最高裁判所は、控訴裁判所がPNPの報告書のみを過度に重視し、実質的証拠の基準を誤って解釈したと指摘しました。PNPの報告書は、確かにリワナグ氏の死が職務中の死亡と認定するためのものでしたが、労災補償の因果関係を立証するには不十分でした。

最高裁判所は、PNPの報告書が、B型肝炎感染経路やリワナグ氏と陽性者との具体的な接触状況など、医学的根拠に基づいた詳細な分析を欠いている点を問題視しました。報告書は、単に「~と思われる」という推測に基づいたものであり、実質的証拠とは言えません。また、最高裁判所は、B型肝炎が血液や体液を介して感染する疾病であることを指摘し、単に職場で陽性者がいたという事実だけでは、リワナグ氏の感染経路を特定するには不十分であるとしました。

さらに、最高裁判所は、控訴裁判所がPNPの報告書を根拠にGSISに反証責任を転換したことも誤りであるとしました。労災補償を求める側、すなわち妻のリワナグ氏が、疾病と労働条件との因果関係を実質的証拠によって立証する責任を負っています。本件では、妻のリワナグ氏はその立証責任を果たせなかったと最高裁判所は判断しました。

実務上の教訓:労災認定のために必要なこと

GSIS対CAおよびリワナグ事件は、業務起因性のない疾病における労災認定の難しさと、それを乗り越えるために必要なことを明確に示しています。この判例から得られる実務上の教訓は以下の通りです。

  • 実質的証拠の重要性: 労災認定を受けるためには、単なる推測や可能性ではなく、客観的な医学的証拠や具体的な状況証拠に基づいて、疾病と労働条件との因果関係を立証する必要があります。
  • 立証責任は申請者にある: 労災補償を求める側が、因果関係を立証する責任を負います。雇用主や労災機関が、因果関係がないことを証明する必要はありません。
  • 職業病リスト外の疾病: 職業病リストにない疾病の場合、労災認定はさらに困難になります。労働者は、自身の労働条件が疾病のリスクを具体的にどのように高めたのかを詳細に説明し、立証する必要があります。
  • PNPの報告書は限定的: PNPの報告書は、職務中の死亡を認定するためのものであり、必ずしも労災補償の因果関係を立証するものではありません。労災補償を申請する場合は、別途、医学的証拠や詳細な状況証拠を準備する必要があります。

重要なポイント

  • 業務起因性のない疾病における労災認定は、容易ではない。
  • 労災認定には、疾病と労働条件との間に実質的な因果関係の立証が必要。
  • 立証責任は、労災補償を求める申請者にある。
  • PNPの報告書は、労災認定の十分な証拠とは限らない。

よくある質問(FAQ)

  1. Q: 職業病リストにない疾病でも労災認定されますか?
    A: はい、職業病リストにない疾病でも、労働条件が疾病のリスクを高めたことを実質的証拠によって証明できれば、労災認定される可能性があります。
  2. Q: 「実質的証拠」とは具体的にどのようなものですか?
    A: 医学的診断書、検査結果、医師の意見書、同僚の証言、労働環境に関する記録などが考えられます。重要なのは、これらの証拠が客観的で、疾病と労働条件との因果関係を合理的に説明できるものであることです。
  3. Q: 職場で感染症が流行した場合、感染したら労災認定されますか?
    A: 職場で感染症が流行している事実だけでは、自動的に労災認定されるわけではありません。個々のケースにおいて、労働者の労働条件が感染リスクをどのように高めたのか、具体的な状況を立証する必要があります。例えば、感染症患者との濃厚接触が避けられない業務に従事していた場合などが考えられます。
  4. Q: 労災申請が認められなかった場合、どうすればいいですか?
    A: 労災申請が認められなかった場合でも、不服申し立てや再審査請求などの救済手段があります。専門家(弁護士や社会保険労務士など)に相談し、適切な対応を検討することをお勧めします。
  5. Q: 労災保険給付を受ける権利には時効がありますか?
    A: はい、労災保険給付を受ける権利には時効があります。給付の種類によって時効期間が異なりますので、早めに専門家にご相談ください。

本稿では、GSIS対CAおよびリワナグ事件を通じて、業務起因性のない疾病における労災認定の難しさと、立証責任の重要性について解説しました。労災問題でお困りの際は、フィリピン法に精通した専門家にご相談いただくことを強くお勧めします。ASG Lawは、マカティ、BGC、フィリピン全土で、労災問題に関する豊富な経験と専門知識を有する法律事務所です。労災申請、異議申立て、訴訟など、あらゆる段階で皆様をサポートいたします。まずはお気軽にご連絡ください。

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