正当防衛の主張が退けられた事例:集団暴行における殺人罪と傷害罪の境界線 – フィリピン最高裁判決解説

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集団暴行事件における正当防衛の成否:フィリピン最高裁判例から学ぶ重要な教訓

G.R. No. 120495, 1998年3月12日

日常生活において、私たちは予期せぬ暴力に遭遇する可能性があります。自己防衛は人間の基本的な権利ですが、法の下では厳格な要件が課せられています。特に、複数人が関与する暴行事件においては、正当防衛の主張が認められるか否かは、事件の性質を大きく左右します。本稿では、フィリピン最高裁判所の判例、PEOPLE OF THE PHILIPPINES, PLAINTIFF-APPELLEE, VS. DOMINIC, GERMAN AND HARVEY, ALL SURNAMED CAÑETE, ACCUSED-APPELLANTS (G.R. No. 120495) を詳細に分析し、集団暴行事件における正当防衛の成立要件、アリバイの抗弁、そして殺人罪と傷害罪を区別する重要な要素である「卓越した力の濫用 (abuse of superior strength)」について解説します。この判例は、自己防衛を主張する際の注意点、および法廷でどのような証拠が重視されるのかを明確に示しており、法律専門家だけでなく、一般の方々にとっても有益な教訓を提供します。

正当防衛、アリバイ、卓越した力の濫用:フィリピン刑法における重要な概念

フィリピン刑法典第11条は、正当防衛を正当な弁解事由として認めています。正当防衛が認められるためには、以下の3つの不可欠な要素がすべて満たされる必要があります。

  1. 不法な侵害 (Unlawful Aggression):防御する側に対する現実的または差し迫った不法な攻撃が存在すること。
  2. 侵害を阻止または撃退するための手段の合理的な必要性 (Reasonable Necessity of the Means Employed):防御手段が、不法な侵害を阻止または撃退するために合理的に必要であったこと。
  3. 防御する側に十分な挑発の欠如 (Lack of Sufficient Provocation):防御する側が、不法な侵害を引き起こすのに十分な挑発を行っていないこと。

これらの要素は累積的であり、いずれか一つでも欠けると、正当防衛は認められません。特に、正当防衛を主張する側には、これらの要素を明確かつ説得力のある証拠によって証明する責任(立証責任)があります。

一方、アリバイは、被告が犯罪が行われた時間に犯罪現場とは別の場所にいたため、犯行は不可能であったと主張する弁護です。しかし、アリバイは一般的に弱い弁護とみなされており、成功するためには、被告が犯罪現場に物理的に存在することが不可能であったことを証明する必要があります。単に「別の場所にいた」というだけでは不十分で、犯罪現場から十分に離れており、かつ移動手段がない状況などを具体的に示す必要があります。

殺人罪を傷害罪と区別する重要な要素の一つに、「卓越した力の濫用 (abuse of superior strength)」があります。これは、犯行者が被害者に対して著しく優位な立場を利用し、意図的にその優位性を犯行に利用した場合に認められる加重事由です。卓越した力の濫用が認められると、傷害罪が殺人罪に格上げされ、刑罰が大幅に重くなる可能性があります。ただし、単に人数が多い、または体格が大きいだけでは不十分で、意図的に優位性を利用したという明確な証拠が必要です。

事件の経緯:カニェーテ兄弟による暴行事件

本件は、カニェーテ兄弟(ドミニク、ジャーマン、ハーベイ)が、ラモン・パクラナンとアーノルド・マルガロを襲撃した事件です。1988年6月11日の夜、パクラナンとマルガロは妻のアベリナと共に帰宅途中、カニェーテ兄弟に遭遇しました。ジャーマンは懐中電灯とボロ刀、ドミニクはインディアンパナ(弓矢)を所持していました。兄弟はパクラナンらに「誰が騒いでいるのか」と詰め寄り、口論の末、兄弟はパクラナンとマルガロをボロ刀やインディアンパナで攻撃しました。パクラナンは致命傷を負い死亡、マルガロも重傷を負いました。

第一審の地方裁判所は、カニェーテ兄弟を殺人未遂罪(マルガロに対する傷害)と傷害罪(パクラナンに対する死因傷害)で有罪としました。しかし、控訴院は、パクラナンに対する罪を殺人罪に修正し、刑罰を終身刑である再監禁刑 (reclusion perpetua) に引き上げました。控訴院は、兄弟が武器を所持し、数的に優位であったことから、「卓越した力の濫用」があったと認定しました。この判決を不服として、カニェーテ兄弟(ドミニクを除く、ドミニクは逃亡)は最高裁判所に上告しました。

最高裁判所の判断:卓越した力の濫用は認められず、原判決を支持

最高裁判所は、控訴院の判決を覆し、第一審の地方裁判所の判決を全面的に支持しました。最高裁は、控訴院が「卓越した力の濫用」を認定した点について、以下の理由から誤りであると判断しました。

  • 計画性の欠如:事件は偶発的に発生した可能性が高く、カニェーテ兄弟が意図的に数的優位を利用しようとしたとは認められない。
  • 被害者の酩酊状態:被害者のパクラナンとマルガロは、事件前に酒を飲んでおり、酩酊状態であった。彼らが歌を歌っていたことが、カニェーテ兄弟の怒りを買った可能性がある。
  • 証拠の不足:検察側は、カニェーテ兄弟が意図的に優位な立場を利用しようとしたという明確な証拠を提出していない。

最高裁は、以下の判例を引用し、「卓越した力の濫用」の認定には、単なる数的優位性だけでなく、意図的にその優位性を利用しようとしたという積極的な意図が必要であると強調しました。

「この加重事由が考慮されるためには、数または力に優位性があるだけでは不十分である。被告は協力し、そのような卓越した力を利用または確保しようと意図していた必要がある。また、人民対カビリング事件で強調したように、卓越した力の濫用は、被害者と攻撃者の間に力の不均衡がある場合だけでなく、犯罪の実行において、彼によって悪名高く選択または利用された力の優位性の状況が存在しなければならない。」 (人民対ビッグカス事件、211 SCRA 631; 634 [1992])

また、ジャーマン・カニェーテが主張した正当防衛についても、最高裁はこれを認めませんでした。ジャーマンは、被害者側から先に攻撃を受けたと主張しましたが、自己の主張を裏付ける客観的な証拠を提示できませんでした。さらに、被害者のパクラナンが受けた多数の刺し傷は、正当防衛の主張と矛盾すると判断されました。最高裁は、正当防衛を主張する側には、不法な侵害、防御手段の合理性、挑発の欠如を明確かつ説得力のある証拠によって証明する責任があることを改めて強調しました。

ハーベイ・カニェーテが主張したアリバイについても、最高裁は退けました。ハーベイは事件当時、自宅にいたと主張しましたが、自宅と事件現場の距離がわずか1キロメートルであり、30分以内で移動可能であることから、アリバイの信憑性は低いと判断されました。アリバイは、被告が犯罪現場に物理的に存在することが不可能であったことを証明する必要があり、本件ではその証明が不十分であるとされました。

実務上の教訓:自己防衛、アリバイ、卓越した力の濫用に関する重要なポイント

本判例から得られる実務上の教訓は多岐にわたりますが、特に重要なのは以下の点です。

  • 正当防衛の立証責任:正当防衛を主張する場合、不法な侵害、防御手段の合理性、挑発の欠如を明確かつ説得力のある証拠によって証明する必要があります。自己の主張のみでは不十分であり、客観的な証拠(目撃証言、物的証拠など)が不可欠です。
  • アリバイの限界:アリバイは弱い弁護であり、成功するためには、犯罪現場に物理的に存在することが不可能であったことを証明する必要があります。単に「別の場所にいた」というだけでは不十分であり、具体的な状況証拠を示す必要があります。
  • 卓越した力の濫用の認定要件:卓越した力の濫用が認められるためには、単なる数的優位性だけでなく、意図的にその優位性を利用しようとしたという積極的な意図が必要です。偶発的な事件においては、卓越した力の濫用は認められにくい傾向にあります。

キーレッスン

  • 正当防衛を主張するには、客観的な証拠による裏付けが不可欠である。
  • アリバイは立証が難しく、強力な弁護とは言えない。
  • 卓越した力の濫用は、意図的な優位性の利用が証明されなければ認定されない。

よくある質問 (FAQ)

Q1: 正当防衛が認められるための具体的な証拠にはどのようなものがありますか?

A1: 目撃者の証言、事件現場の写真やビデオ、凶器、被害者の負傷状況を示す医師の診断書などが考えられます。特に、防犯カメラの映像は有力な証拠となり得ます。

Q2: アリバイを主張する際に、どのような点に注意すべきですか?

A2: アリバイを証明するためには、事件当時、自分が犯罪現場から十分に離れた場所にいたことを客観的に示す必要があります。例えば、宿泊施設の領収書、交通機関のチケット、同僚や友人の証言などが有効です。

Q3: 傷害罪と殺人罪の違いは何ですか?

A3: 傷害罪は、人の身体を傷害する罪であり、殺人罪は、人を殺害する罪です。意図の有無、結果の重大さ、そして「卓越した力の濫用」などの加重事由の有無が、両罪を区別する重要な要素となります。

Q4: 集団暴行事件で、自分だけが正当防衛を主張することは可能ですか?

A4: 可能です。ただし、個々の被告ごとに正当防衛の成立要件が検討されます。他の被告が正当防衛を主張できない場合でも、自分だけが正当防衛を認められる可能性はあります。

Q5: もし不当に暴行罪で訴えられた場合、どうすれば良いですか?

A5: 直ちに弁護士に相談し、法的アドバイスを受けることが重要です。弁護士は、証拠収集、弁護戦略の立案、法廷での弁護活動など、法的支援を提供します。

ASG Lawは、フィリピン法、特に刑法分野において豊富な経験と専門知識を有する法律事務所です。本稿で解説したような正当防衛、アリバイ、殺人罪、傷害罪に関するご相談はもちろん、刑事事件全般について、クライアントの皆様に最善の法的サービスを提供することをお約束します。刑事事件でお困りの際は、ASG Lawまでお気軽にご連絡ください。

お問い合わせは、konnichiwa@asglawpartners.com または お問い合わせページ からお願いいたします。

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