揺るがぬ証言:一貫した目撃証言がアリバイを打ち破る – フィリピン最高裁判所事例

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一貫した目撃証言は鉄壁のアリバイを凌駕する:証言の信憑性が鍵となる殺人事件

G.R. No. 126932, 1999年11月19日

フィリピンにおいて、刑事裁判における有罪判決は、検察官が被告の罪を合理的な疑いを超えて立証する責任を負います。被告は、自身の無罪を証明する義務は負いませんが、しばしばアリバイ、つまり犯行時現場にいなかったという証拠を提出することがあります。しかし、アリバイは、特に検察側の証拠が強力な場合、必ずしも有効な防御手段とはなりません。最高裁判所は、本件、PEOPLE OF THE PHILIPPINES, PLAINTIFF-APPELLEE, VS. PASCUA GALLADAN Y BUNAY, ACCUSED-APPELLANT. (G.R. No. 126932, 1999年11月19日) において、一貫した目撃証言がアリバイの抗弁をいかに打ち破るかを明確に示しました。本判例は、目撃証言の重要性と、アリバイの立証責任の重さを改めて認識させます。

アリバイの抗弁と立証責任

アリバイとは、被告が犯罪が行われた時間に別の場所にいたため、犯罪を実行できなかったと主張するものです。フィリピン法において、アリバイは正当な抗弁となり得ますが、その立証責任は被告にあります。被告は、単に犯行現場にいなかったことを主張するだけでなく、犯行時間に現場にいることが物理的に不可能であったことを証明する必要があります。最高裁判所は、数多くの判例で、アリバイは「最も弱い抗弁の一つ」であり、裁判所はそれを懐疑的に検討すべきであると指摘しています。なぜなら、それは容易に捏造でき、立証が難しいからです。

アリバイが成功するためには、二つの要件を満たす必要があります。

  1. 被告が犯罪が行われた時間に別の場所にいたこと。
  2. 被告が犯行現場にいることが物理的に不可能であったこと。

これらの要件を両方とも満たすアリバイのみが、検察側の証拠を打ち破る可能性を持ちます。一方、検察官は、被告が犯行現場にいたこと、そして犯罪を実行したことを合理的な疑いを超えて証明する責任があります。目撃証言は、この証明において重要な役割を果たします。

事件の経緯:アリバイが通用しなかった殺人事件

本件は、1995年6月12日夜、マカティ市で発生した殺人事件です。被害者アポリナリオ・ガラダン巡査部長は、同僚のベルナド巡査部長、レガシ巡査部長、ラミレス巡査部長と共に、知人の通夜に参列していました。彼らは、被告人であるパスクア・ガラダン巡査部長が近くにいることを知り、過去の確執から confrontation を避けるために急いでその場を離れました。

通夜の場所から20~25メートルほど歩いたところで、突然パスクア・ガラダン巡査部長が現れ、アポリナリオ・ガラダン巡査部長を至近距離から射殺しました。ベルナド巡査部長とレガシ巡査部長は地面に伏せ、その後安全な場所に逃げました。さらに3発の銃声が聞こえ、ベルナド巡査部長も太ももを負傷しました。

捜査の結果、パスクア・ガラダン巡査部長とその甥であるリンバート・バガイが容疑者として浮上しました。パスクア・ガラダン巡査部長は、事件当時、娘の借家にいて、翌朝バギオに出発したと主張し、アリバイを主張しました。

しかし、第一審裁判所は、検察側の証拠を認め、パスクア・ガラダン巡査部長のアリバイを退けました。裁判所は、ベルナド巡査部長とレガシ巡査部長の証言を重視しました。彼らは、パスクア・ガラダン巡査部長がアポリナリオ・ガラダン巡査部長を射殺した人物であると明確かつ一貫して証言しました。裁判所は判決で次のように述べています。

「本件において、決定的な事実は、モレノ・R・ベルナド巡査部長とドナート・レガシ巡査部長が、被告人SPO4パスクア・ガラダンが、彼らが以前からよく知っている人物であり、アポリナリオ・R・ガラダンを射殺した人物であると、明確かつ一貫して証言したことである。この揺るぎない特定は、被告のアリバイを否定する。」

裁判所はさらに、パスクア・ガラダン巡査部長がアリバイとして主張した場所と犯行現場が近隣のバランガイであり、犯行時刻にパスクア・ガラダン巡査部長が犯行現場にいることが不可能ではなかったと指摘しました。また、裁判所は、本件殺害に背信性(treachery)が認められると判断しました。被害者らは、パスクア・ガラダン巡査部長との遭遇を避けるために逃げようとしており、被告が待ち伏せしているとは全く予想していませんでした。突然の攻撃に備えることができず、パスクア・ガラダン巡査部長は無言でアポリナリオ・ガラダン巡査部長を射殺しました。

第一審裁判所は、背信性を伴う殺人罪でパスクア・ガラダン巡査部長を有罪とし、終身刑を宣告しました。また、被害者の遺族に対して、実損害賠償14,500ペソと慰謝料50,000ペソの支払いを命じました。パスクア・ガラダン巡査部長は、判決を不服として上訴しましたが、最高裁判所は、第一審裁判所の判決を支持しました。

最高裁判所の判断:目撃証言の信憑性とアリバイの脆弱性

最高裁判所は、第一審裁判所の事実認定を尊重し、パスクア・ガラダン巡査部長の上訴を棄却しました。最高裁判所は、第一審裁判所が弁護側の証拠を批判的に検討したことは、検察側の証拠を信用する理由を示すための一つの方法であると指摘しました。また、弁護側は、第一審裁判所が重大な裁量権の濫用を行ったことを示す十分な証拠を提示できなかったとしました。

最高裁判所は、検察側の証拠は決して弱いものではなく、2人の目撃者が被告人を犯人として明確かつ積極的に特定したことを強調しました。アリバイの抗弁と比較した場合、積極的な特定が優先されるのは当然であるとしました。さらに、最高裁判所は、アリバイが成立するためには、被告が犯行時に別の場所にいたことを証明するだけでなく、犯行現場にいることが物理的に不可能であったことを立証する必要があると改めて強調しました。本件において、パスクア・ガラダン巡査部長は、別の場所にいたことを証明しようとしただけで、犯行現場にいることが不可能であったことまでは証明していません。この点だけでも、アリバイは成立しないとしました。

弁護側は、目撃証言の矛盾点を指摘し、証言の信憑性を疑わせようとしましたが、最高裁判所は、これらの矛盾点は、事件の核心部分ではなく、些細な点に関するものであると判断しました。例えば、確執の原因や、事件当時の月明かりの有無に関する証言の矛盾は、被告人が被害者を射殺したという事実に影響を与えないとしました。最高裁判所は、これらの矛盾は、目撃証言の信憑性を損なうものではないと判断しました。

最高裁判所は判決で次のように述べています。

「検察側証人の証言における矛盾点は、事件の些細な点に関するものであり、事件の核心部分に関するものではないことは明らかである。被告人と被害者との間に確執が生じた事件、そして、月明かりがあったかどうかについて矛盾があったとしても、パスクア・ガラダン巡査部長とアポリナリオ・ガラダン巡査部長の間に長年の確執があり、後者が1995年6月12日の夜に至近距離から射殺されたという事実は変わらない。これらの矛盾は、被告人が被害者の襲撃者として積極的に特定されたという事実を損なうものではない。」

最高裁判所は、第一審裁判所が認めた実損害賠償と慰謝料の額を支持しましたが、第一審裁判所が民事賠償金(civil indemnity)を認めなかった点を修正しました。最高裁判所は、民法第2206条に基づき、被害者の遺族に対して、民事賠償金50,000ペソを追加で支払うよう命じました。これは、道徳的損害賠償とは別に認められるものです。

本判例の教訓と実務への影響

本判例は、刑事裁判における目撃証言の重要性を改めて強調しています。一貫性があり、信用できる目撃証言は、強力な証拠となり、被告のアリバイを打ち破る力を持つことを示しました。また、アリバイの抗弁は、単に別の場所にいたことを主張するだけでは不十分であり、犯行現場にいることが物理的に不可能であったことを立証する必要があることを明確にしました。

企業法務や刑事事件に携わる弁護士にとって、本判例は以下の教訓を与えてくれます。

  • 目撃証言の重要性: 刑事事件において、目撃証言は非常に重要な証拠となり得ます。目撃者の証言を慎重に収集し、その信憑性を評価することが不可欠です。
  • アリバイの立証責任: アリバイを抗弁とする場合、単に別の場所にいたことを主張するだけでなく、犯行現場にいることが物理的に不可能であったことを立証する必要があります。そのためには、客観的な証拠や証人を用意するなど、周到な準備が必要です。
  • 証拠の総合的な評価: 裁判所は、検察側と弁護側の提出した全ての証拠を総合的に評価し、判断を下します。一部の証拠の矛盾点にとらわれず、事件全体の流れや主要な事実に着目することが重要です。

よくある質問 (FAQ)

Q1: 目撃証言は、状況証拠よりも重視されるのですか?
A1: いいえ、必ずしもそうとは限りません。証拠の評価は、個々の事件の状況によって異なります。直接証拠である目撃証言は強力な証拠となり得ますが、状況証拠も積み重ねることで、合理的な疑いを超えて罪を立証できる場合があります。裁判所は、全ての証拠を総合的に評価し、判断を下します。
Q2: アリバイを主張する場合、どのような証拠が必要ですか?
A2: アリバイを主張する場合、犯行時刻に被告が別の場所にいたことを示す証拠が必要です。例えば、防犯カメラの映像、交通機関の利用記録、レシート、同伴者の証言などが考えられます。重要なのは、犯行現場にいることが物理的に不可能であったことを客観的に証明できる証拠を提出することです。
Q3: 目撃証言に矛盾がある場合、その証言は信用できないのでしょうか?
A3: いいえ、必ずしもそうとは限りません。証言に些細な矛盾がある場合でも、裁判所は証言全体を評価し、矛盾点が事件の核心部分に関わるかどうかを検討します。本判例のように、些細な矛盾は証言の信憑性を損なわないと判断されることもあります。
Q4: 背信性(treachery)とは、どのような意味ですか?
A4: 背信性とは、刑法上の加重情状の一つで、意図的、かつ不意打ち、または被害者が防御することができないような方法で犯罪を実行することを指します。背信性が認められる場合、殺人罪は加重され、より重い刑罰が科せられます。本判例では、被告が被害者を待ち伏せし、不意打ちで射殺したことが背信性に該当すると判断されました。
Q5: 民事賠償金(civil indemnity)とは何ですか?
A5: 民事賠償金とは、犯罪によって被害者が死亡した場合に、加害者が被害者の遺族に対して支払うべき損害賠償金の一つです。これは、生命というかけがえのない価値を喪失させたことに対する賠償であり、証拠や証明を必要とせずに当然に認められます。慰謝料(moral damages)とは別に認められるものです。

ASG Lawは、フィリピン法に精通した法律事務所として、刑事事件、企業法務に関する豊富な経験と専門知識を有しています。目撃証言の評価、アリバイの抗弁、背信性の有無など、複雑な法的問題でお困りの際は、konnichiwa@asglawpartners.comまでお気軽にご相談ください。日本語でも対応しております。お問い合わせページからのお問い合わせも歓迎いたします。ASG Lawは、お客様の法的課題解決を全力でサポートいたします。

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