抵当権設定契約における黙示の信託:口頭証拠の許容性
G.R. No. 182177, 2011年3月30日
不動産取引は、フィリピン経済の重要な柱であり、多くの個人や企業が財産を築き、保全するために利用しています。しかし、契約書に記載された当事者と、実際に権利や義務を享受する当事者が異なる場合、法的紛争が発生する可能性があります。特に、抵当権設定契約においては、契約書の名義人と、資金提供者や真の債権者が異なるケースが見られます。本稿では、フィリピン最高裁判所の「リチャード・フアン対ガブリエル・ヤップ・シニア事件」を分析し、抵当権設定契約における黙示の信託の成立と、その証明における口頭証拠の役割について解説します。この判例は、契約書の文言にとらわれず、当事者間の真の意図を重視するフィリピン法の特徴を示しており、不動産取引に関わるすべての人々にとって重要な教訓を含んでいます。
黙示的信託とは?フィリピン法における法的根拠
フィリピン民法は、明示的信託と黙示的信託の二つを信託の類型として認めています。明示的信託は、当事者の意図が書面または口頭で明確に示されている信託であり、一方、黙示的信託は、当事者の意図が明確に示されていなくても、法律または衡平の原則に基づいて成立する信託です。黙示的信託は、さらに結果的信託と構成的信託に分類されますが、本稿で扱う事例は、主に結果的信託、特に資金提供者が別の名義人に財産を取得させた場合に成立する信託に関連します。
民法第1447条は、「以下の黙示的信託の事例の列挙は、信託の一般法によって確立された他のものを排除するものではないが、第1442条に定められた制限が適用される」と規定しており、黙示的信託の類型が限定列挙ではないことを明確にしています。また、同法第1457条は、「黙示的信託は、口頭証拠によって証明することができる」と規定しており、書面によらない口頭証拠によっても黙示的信託の成立を証明できることを認めています。これは、契約書の文言にとらわれず、実質的な正義を追求するフィリピン法の柔軟性を示すものです。
最高裁判所は、過去の判例において、黙示的信託の成立を幅広く認めてきました。例えば、「ティグノ対控訴裁判所事件」では、不動産購入資金を提供した者が、便宜上、別人の名義で売買契約を締結した場合に、黙示的信託が成立すると判断しました。この判例は、本件「フアン対ヤップ事件」においても重要な先例として引用されており、口頭証拠による黙示的信託の証明を認める法的根拠となっています。
事件の経緯:契約書と異なる当事者間の真実
本件は、リチャード・フアン(以下「フアン」)とガブリエル・ヤップ・シニア(以下「ヤップ」)の間の、抵当権設定契約をめぐる紛争です。事実は以下の通りです。
- 1995年7月31日、カネダ夫妻は、ヤップの甥であり従業員であるフアンに対し、168万ペソの借入金を担保するため、セブ州タリサイにある2つの土地を抵当に入れました。抵当権設定契約書は、アントニオ・ソロン弁護士が作成し、公証しました。
- 1998年6月30日、フアンは、ソロン弁護士を代理人として、抵当権の実行を申し立てました。競売にはフアンとヤップも参加しましたが、最高入札額220万ペソでフアンが落札しました。
- しかし、フアンは売買手数料を支払わなかったため、売却証明書は発行されませんでした。
- 1999年2月15日、ヤップとカネダ夫妻は覚書(MOA)を締結しました。MOAにおいて、カネダ夫妻はヤップを「真の抵当権者兼債権者であり、リチャード・フアンは単なる受託者である」と認めました。ヤップはカネダ夫妻に対し、120万ペソで抵当不動産を買い戻すことを認め、カネダ夫妻とヤップは、「抵当権設定契約の無効または更正、あるいはリチャード・フアンに委託者であるヤップへの抵当権の再譲渡を強制する」ための訴訟を提起することに合意しました。
- その3日後、カネダ夫妻とヤップは、フアンを被告として、地方裁判所に訴訟を提起しました。訴状において、ヤップは、フアンが抵当権設定契約に関してヤップの受託者であることの確認、フアンによる競売入札の無効、抵当権設定契約がMOAによって「取って代わられたまたは更改された」ことの宣言、損害賠償、弁護士費用、訴訟費用の支払いを求めました。カネダ夫妻は、買戻し金として168万ペソを裁判所に供託しました。
- フアンは答弁書で、抵当不動産に対する自身の権利を主張しました。また、損害賠償と弁護士費用、および抵当不動産の権利書の引き渡しを反訴請求しました。
裁判所の判断:一審と控訴審で異なる結論
地方裁判所は、ヤップらの請求を棄却し、フアンの請求を認めました。裁判所は、フアンを「真の抵当権者」と宣言し、ヤップに慰謝料と弁護士費用を支払うよう命じ、ヤップに問題の権利書をフアンに引き渡すよう命じました。ただし、裁判所は、カネダ夫妻の買戻しの申し立てを認め、買戻し金をフアンに支払うよう命じました。地方裁判所は、抵当権設定契約書の文言を重視し、ヤップが約4年間、抵当不動産に対する受益権を主張しなかったことを理由に、ヤップの主張を退けました。
ヤップは控訴裁判所に控訴し、地方裁判所が自身とフアンの間の結果的信託を認めなかったこと、およびフアンに金銭的救済を認めたことを誤りであると主張しました。
控訴裁判所は、ヤップの訴えを認め、地方裁判所の判決を破棄し、ヤップを抵当権設定契約の抵当権者であると宣言しました。控訴裁判所は、地方裁判所に買戻し金をヤップに支払うよう命じ、フアンに損害賠償と弁護士費用を支払うよう命じました。控訴裁判所は、抵当権設定契約書の文言にもかかわらず、以下の状況を重視し、ヤップの主張を認めました。
- ソロン弁護士は、ヤップの指示で、抵当権設定契約書にフアンを抵当権者として記載したと証言しました。
- ドゥルシシマ・カネダは、自身と夫が借り入れたローンの債権者はヤップであると認めました。
- ヤップが抵当権実行費用を負担しました。
控訴裁判所は、抵当権設定契約を無効にするのではなく、更正が適切な救済であり、MOAが「当事者の真の意図を明らかにするために当事者が行った修正として役立つ」と判断しました。
フアンは本訴訟において、控訴裁判所の判決の取り消しを求めています。フアンは、抵当権設定契約書の文言に依拠し、ヤップのために設定された結果的信託の証明は弱いと主張しています。また、損害賠償の裁定には根拠がないと主張しています。
一方、ヤップは、本訴訟が事実問題のみを提起しており、上告審の職務に適合しないと主張しています。また、控訴裁判所が判決の根拠とした口頭証拠は、自身とフアンの間の黙示的信託の存在を証明するのに十分であると主張しています。
最高裁判所の判断:口頭証拠を重視し、黙示的信託を認める
最高裁判所は、控訴裁判所の判決を支持し、フアンの上告を棄却しました。最高裁判所は、まず、黙示的信託の存在は事実問題であり、通常は法律問題のみを扱う上告審の対象外であることを認めました。しかし、本件では、下級審の判断が分かれているため、事実問題についても判断する必要があるとしました。
最高裁判所は、抵当権設定契約における黙示的信託は、民法が列挙する信託関係には含まれていないものの、民法第1447条が「信託の一般法によって確立された他のものを排除するものではない」と規定していることを指摘しました。そして、衡平の原則に基づき、財産権の保有者が「良心的に保持し、享受することができない」状況であれば、衡平法は当該保有者を他者の利益のために信託受託者に転換させるとしました。黙示的信託は、不当利得に対する救済手段であるため、重要な問題は、「事実関係において、財産の不正な保持、ひいては被告の不当利得の脅威があるかどうか」であるとしました。
最高裁判所は、過去の判例を引用し、住宅組合の役員が義務に違反して住宅ユニットを購入した場合、和解契約の条件に反して不動産を分割した場合、購入資金の提供者とは異なる買い手を表示する売買契約を締結した場合など、非伝統的な黙示的信託を認めてきました。これらの事例では、形式的な権利保有者は、信託が設定された受益者のために権利を移転する義務を負う受託者とみなされました。最高裁判所は、黙示的信託の設定基準を満たす抵当権設定契約においても、同様の義務を認めない理由はないとしました。
最高裁判所は、本件の判断は、抵当権設定契約書に基づくフアンの主張と、契約書の文言を修正する口頭証拠に基づくヤップの主張という、相反する2つの証拠の評価にかかっているとしました。そして、記録を検討した結果、控訴裁判所がヤップの主張を説得力があると判断したことは妥当であるとしました。
第一に、カネダ夫妻は、抵当権設定契約によって担保された資金を借り入れた債権者はヤップであると認めました。カネダ夫妻は、MOAにおいてその旨を認め、ドゥルシシマ・カネダも証言台でその旨を繰り返しました。実際、カネダ夫妻がローンの返済期間の延長を求めた際、彼らはフアンではなくヤップに要求を送り、ヤップは延長を認めました。したがって、フアンは、抵当権設定契約が単に担保するにすぎない主要な債務であるローン契約とは無関係でした。
第二に、抵当権設定契約書を作成し、公証したソロン弁護士は、ヤップの指示で、抵当権設定契約書にフアンの名前を抵当権者として記載したと証言しました。ヤップ自身は、契約締結当時、海外にいることが多く、国内の事業に個人的に対応できなかったため、この取り決めが都合が良いと考えたと説明しました。ヤップは、不在の間、甥であり、給与を支払っていた従業員であるフアンを信頼して「すべてを任せていた」と述べました。この取り決めは、「ティグノ対控訴裁判所事件」における取り決めを反映しています。同事件では、売買契約書を作成した公証人が、購入資金の提供者である実際の買い手の指示により、別の人物の名前を譲受人として売買証書に記載したと証言しました。実際の買い手は、差し迫った懸念事項に対応するために海外に行かなければなりませんでした。「ティグノ事件」において、名義上の買い手と資金提供者の間で競合する主張を解決するにあたり、最高裁判所は、後者の口頭証拠を信用し、前者は黙示的信託に基づいて実際の買い手の信託財産を保持する責任を負うと判断しました。本件において、最高裁判所が異なる結論に至るべき理由は示されていません。
最後に、抵当権実行費用を負担したのは、フアンではなくヤップでした。フアンがこの奇妙さを説明できなかったこと、および売買手数料を支払わなかったため、(最高入札額を提示したにもかかわらず)売却証明書が発行されなかったという事実は、真の抵当権者としての彼の見せかけを損なうものです。
明らかに、フアンが抵当不動産の権利を保持しているのは、ヤップがそうすることを許可したからにすぎません。衡平と正義の要求は、2人の間に黙示的信託を設定することを義務付けており、フアンがヤップのために抵当不動産を信託として保持する義務に敵対する所有権の主張をすることを禁じています。これと反対の判決を下すことは、不当利得を容認することであり、まさに黙示的信託という虚構が考案された目的である悪を是正することに反します。
損害賠償の裁定も妥当
最高裁判所は、控訴裁判所がヤップに慰謝料と懲罰的損害賠償を裁定したことにも、取り消しうる誤りはないとしました。ヤップは、慰謝料の請求を立証し、信託違反を抑止することの利益が懲罰的損害賠償を正当化するとしました。
実務上の教訓:契約書の名義と実質
本判例から得られる教訓は、以下の通りです。
- 契約書の名義にとらわれず、実質的な当事者関係が重視される: フィリピン法では、契約書の文言だけでなく、当事者間の真の意図や実質的な関係が重視されます。特に、信託法においては、口頭証拠によって契約書の名義と異なる真の権利者を証明することが可能です。
- 黙示的信託は口頭証拠で証明可能: 民法第1457条は、黙示的信託が口頭証拠によって証明できることを明記しています。本判例は、この規定を具体的に適用し、口頭証拠に基づいて抵当権設定契約における黙示的信託の成立を認めました。
- 不動産取引における名義借りのリスク: 本判例は、不動産取引において、名義を借りる行為が法的リスクを伴うことを示唆しています。名義を借りた者は、信託受託者としての義務を負い、自己の利益のために財産を処分することが制限される可能性があります。
- 契約書の作成と証拠の保全の重要性: 黙示的信託は口頭証拠によって証明可能ですが、紛争を予防するためには、契約書において当事者間の意図を明確に記載することが重要です。また、口頭証拠となりうる証拠(メール、メモ、証言など)を保全しておくことも有効です。
よくある質問(FAQ)
- 質問1:黙示的信託はどのような場合に成立しますか?
回答:黙示的信託は、法律または衡平の原則に基づいて成立する信託であり、具体的な成立要件は事例によって異なります。一般的には、財産の名義人と、実際に財産から利益を受けるべき者が異なる場合に成立する可能性があります。
- 質問2:口頭証拠だけで黙示的信託を証明できますか?
回答:はい、フィリピン民法第1457条は、黙示的信託が口頭証拠によって証明できることを認めています。ただし、口頭証拠は、裁判所によって信用性が厳格に審査されるため、客観的な証拠(書面、証言など)をできるだけ多く集めることが重要です。
- 質問3:抵当権設定契約で名義貸しをすると、どのようなリスクがありますか?
回答:抵当権設定契約で名義を貸した場合、名義人は信託受託者としての義務を負う可能性があります。名義人は、真の権利者の指示に従い、財産を管理・処分する義務を負い、自己の利益のために財産を処分することが制限される可能性があります。
- 質問4:黙示的信託に関する紛争を予防するにはどうすればよいですか?
回答:黙示的信託に関する紛争を予防するためには、契約書において当事者間の意図を明確に記載することが最も重要です。また、契約締結の経緯や当事者間の合意内容を書面で記録し、証拠として保全しておくことも有効です。
- 質問5:黙示的信託に関する法的問題が発生した場合、弁護士に相談すべきですか?
回答:はい、黙示的信託に関する法的問題は、専門的な知識と経験が必要となるため、弁護士に相談することをお勧めします。弁護士は、個別の状況に応じて適切な法的アドバイスを提供し、紛争解決をサポートします。
ASG Lawは、フィリピン法、特に不動産取引および信託法に関する豊富な経験と専門知識を有する法律事務所です。黙示的信託に関する法的問題でお困りの際は、お気軽にご相談ください。経験豊富な弁護士が、お客様の状況を詳細に分析し、最適な法的解決策をご提案いたします。
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