フィリピン法における正当防衛と故殺:境界線を理解する
G.R. No. 130711, 2000年6月29日
イントロダクション
夜道での突然の銃声、そして一瞬にして奪われる命。もし、それが正当防衛だったとしたら?今回の最高裁判決は、フィリピンにおける正当防衛の成立要件と、殺人罪と故殺罪の境界線を明確に示しています。本稿では、ラザルテ対フィリピン国事件を詳細に分析し、正当防衛が認められるための厳しいハードルと、認められなかった場合にどのような罪に問われるのかを解説します。この事件は、自己を守るための行為が、時に重大な法的責任を伴うことを私たちに教えてくれます。
法的背景:正当防衛、殺人罪、故殺罪
フィリピン刑法第11条第1項は、正当防衛を免責事由として認めています。自己または他人の生命や権利に対する不法な侵害を撃退するために、合理的な範囲内で行われた行為は、罪に問われません。しかし、正当防衛が認められるためには、以下の3つの要件がすべて満たされなければなりません。
- 不法な侵害(Unlawful Aggression):被害者からの現実的かつ差し迫った不法な攻撃が存在すること。
- 防衛の合理的な必要性(Reasonable Necessity):侵害を防ぐための手段として、用いた手段が合理的に必要であったこと。
- 挑発の欠如(Lack of Sufficient Provocation):被告人に挑発行為がなかったこと。
3つの要件の中でも、特に重要なのが「不法な侵害」です。なぜなら、不法な侵害がなければ、正当防衛は成立し得ないからです。最高裁判所は、過去の判例で「不法な侵害とは、正当防衛を行う者を危険にさらし、防衛の必要性を生じさせる、違法かつ正当化されない攻撃である」と定義しています。
一方で、殺人罪(Murder)は、刑法第248条で定義され、違法な殺人に、背信行為、明白な優勢力、または残虐性などの特定の上昇的状況が伴う場合に成立します。故殺罪(Homicide)は、殺人罪の上昇的状況がない違法な殺人を指します。量刑は大きく異なり、殺人罪は終身刑または死刑、故殺罪はリクリュージョン・テンポラル(懲役12年1日~20年)が科せられます。
事件の経緯:夜の果樹園で起きた悲劇
1991年3月25日、ドミニドール・ダコネズは、兄弟と義兄弟と共に、砂糖とタバコを買いに近所の店へ向かいました。帰り道、ホセ・ハオが所有するマンゴー果樹園を通る狭い道で、銃声が響き、ダコネズは倒れました。銃を発砲したのは、果樹園の警備員レイナルド・ラザルテでした。ラザルテは、ロランド・ブレターニャと共に、不法侵入者から果樹園を守るために警備をしていました。
事件後、ラザルテとブレターニャは殺人罪で起訴されました。裁判で、ラザルテは正当防衛を主張しましたが、ブレターニャは関与を否定しました。一審の地方裁判所は、ブレターニャを無罪としたものの、ラザルテに対しては殺人罪で有罪判決を下しました。しかし、ラザルテはこれを不服として最高裁判所に上訴しました。
最高裁判所の判断:正当防衛は認められず、故殺罪を認定
最高裁判所は、一審判決を一部変更し、ラザルテの罪状を殺人罪から故殺罪に修正しました。裁判所は、ラザルテの正当防衛の主張を認めませんでしたが、殺人罪の成立要件である背信行為または明白な優勢力も認められないと判断しました。
正当防衛が認められなかった理由として、裁判所は以下の点を指摘しました。
- 被害者の武装の信憑性:ラザルテは、被害者が拳銃を所持しており、発砲しようとしたため、自己防衛のためにショットガンを発砲したと主張しましたが、被害者の拳銃は証拠として提出されませんでした。
- 事件後の行動:正当防衛を主張するならば、事件直後に警察に自首するのが自然であるにもかかわらず、ラザルテはそうしませんでした。
裁判所は、ラザルテの自己防衛の主張は信用できないと判断しました。「被告が12ゲージのショットガンを所持し、侵入者に向けて発砲準備をしていた状況下で、被害者がサイドアームを抜き、被告に向けて発砲しようとするのは、非常に考えにくい。」と裁判所は述べています。
しかし、裁判所は、殺人罪を構成する背信行為や明白な優勢力も認められないと判断しました。検察側は、これらの状況を立証する十分な証拠を提出できなかったため、裁判所は罪状を故殺罪に修正しました。
「本件の事実関係は、被告が犯罪の実行を確実にするための手段を用いたことを十分に証明していません。被告が4人のグループを攻撃した際、攻撃された者が反撃しない保証はなく、ある程度のリスクを冒していました。」と裁判所は説明しました。
判決では、ラザルテに対して、故殺罪で懲役10年1日~14年8月1日の不定刑が言い渡され、被害者の遺族に対して、死亡慰謝料5万ペソ、逸失利益299,210.40ペソ、精神的損害賠償5万ペソ、葬儀費用37,325ペソの支払いが命じられました。
実務上の教訓:正当防衛の主張は厳格な立証が必要
この判決から得られる最も重要な教訓は、正当防衛の主張が認められるためには、非常に厳格な立証が必要であるということです。自己防衛のために相手を死傷させた場合、正当防衛が認められなければ、刑事責任を免れることはできません。特に、今回の事件のように、相手からの不法な侵害があったかどうか、防衛手段が相当であったかどうかは、裁判で厳しく審理されます。
企業や個人が自己防衛を理由とした行為を行う場合、以下の点に留意する必要があります。
- 正当防衛の要件の理解:不法な侵害、防衛の合理的な必要性、挑発の欠如の3つの要件を正確に理解し、自身の行為がこれらの要件を満たすかどうかを慎重に判断する必要があります。
- 証拠の保全:正当防衛を主張する可能性がある場合、現場の状況、使用した武器、相手の攻撃状況など、可能な限り証拠を保全することが重要です。
- 専門家への相談:自己防衛に関する法的問題は複雑であり、専門的な知識が必要です。弁護士などの専門家に早期に相談し、適切なアドバイスを受けることをお勧めします。
重要なポイント
- 正当防衛が認められるためには、「不法な侵害」が不可欠であり、その立証責任は被告にあります。
- 自己防衛の手段は、侵害を排除するために合理的に必要な範囲内にとどめる必要があります。
- 正当防衛の主張は、裁判所で厳しく審査されるため、十分な準備と証拠が必要です。
よくある質問(FAQ)
- Q: 正当防衛が認められるための最も重要な要件は何ですか?
A: 最も重要な要件は「不法な侵害」です。相手からの現実的かつ差し迫った不法な攻撃が存在しなければ、正当防衛は成立しません。 - Q: 自分の身を守るために相手を傷つけてしまった場合、必ず罪に問われますか?
A: いいえ、正当防衛が認められれば罪には問われません。しかし、正当防衛の成立は厳格に判断されるため、弁護士に相談し、適切な法的アドバイスを受けることが重要です。 - Q: 殺人罪と故殺罪の違いは何ですか?
A: どちらも違法な殺人を指しますが、殺人罪には、背信行為、明白な優勢力、残虐性などの特定の上昇的状況が伴います。故殺罪は、これらの上昇的状況がない場合です。量刑も大きく異なります。 - Q: 夜道で不審者に襲われた場合、どのような対応が正当防衛として認められますか?
A: 具体的な状況によりますが、逃げる、抵抗する、助けを求めるなど、状況に応じて合理的な範囲内での対応が認められる可能性があります。過剰な反撃は正当防衛とは認められない場合があります。 - Q: 会社で警備員が不法侵入者を制止する際に、誤って死傷させてしまった場合、会社は責任を問われますか?
A: 警備員の行為が正当防衛の要件を満たすかどうかによります。会社は、警備員に対する適切な教育・訓練を行い、過剰な武力行使を避けるよう指導する必要があります。 - Q: 今回の判例は、今後の同様の事件にどのような影響を与えますか?
A: 今回の判例は、正当防衛の要件の厳格な解釈を改めて示したものであり、今後の裁判においても、正当防衛の主張はより慎重に判断されることが予想されます。
ASG Lawは、フィリピン法における刑事事件、特に正当防衛に関する豊富な経験と専門知識を有しています。自己防衛に関する法的問題でお困りの際は、お気軽にご相談ください。


Source: Supreme Court E-Library
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