明確な契約条項が紛争を避ける鍵:建設プロジェクトにおける支払いを巡る最高裁判決の教訓
[G.R. No. 110871, 1998年7月2日] サルミエント対MWSS事件
建設プロジェクトは、複雑な契約関係と多額の資金が動くため、支払いを巡る紛争が頻繁に発生します。契約書に曖昧な点があったり、予期せぬ状況が発生した場合、 contractors and clients は大きな損失を被る可能性があります。最高裁判所が審理したサルミエント対MWSS事件は、まさにそのような事例であり、契約条項の明確化と、契約変更時の適切な手続きの重要性を改めて示しています。本稿では、この判例を詳細に分析し、建設業界の関係者が紛争を未然に防ぐために学ぶべき教訓を解説します。
契約自由の原則と契約解釈の基本
フィリピン法において、契約は当事者間の合意に基づいて成立し、契約自由の原則が尊重されます。民法第1306条は、「契約当事者は、法律、道徳、公序良俗、または公共の政策に反しない限り、必要な条項および条件を確立することができる」と規定しています。しかし、契約書の内容が曖昧であったり、解釈の余地がある場合、紛争が生じやすくなります。契約解釈の原則として、裁判所は契約書の文言を文脈に沿って解釈し、当事者の意図を合理的に推測します。特に、建設契約のような複雑な契約においては、基本契約だけでなく、 supplemental agreements や変更契約の内容も総合的に考慮する必要があります。
本件に関連する重要な契約条項として、契約書に付随する「Supplemental General Condition No. 10 (SGC-10)」があります。これは、外国為替レートの変動に対する補償について定めたもので、契約期間中にペソが切り下げまたは切り上げられた場合、請負業者の外貨建て費用をペソ換算した金額を調整するという内容です。しかし、この条項の適用範囲や解釈を巡って、本件では大きな争点となりました。
事件の経緯:契約解除と支払いを巡る争い
1982年、サルミエント建設(以下「サルミエント」)は、首都圏上下水道システム(MWSS)が実施する給水ポンプ場の改修工事(RS-4プロジェクト)の入札で落札しました。契約金額は6,000万ペソで、うち1,350万ペソはポンプユニットの供給・設置費用(プライムコスト項目)でした。しかし、建設期間中にインフレが進行し、サルミエントは資金繰りに窮するようになります。1984年、サルミエントはMWSSに対し、契約の共同解除を申し入れ、両者は force majeure 条項を根拠に合意しました。その後、MWSSは未払い債務の支払いを拒否したため、サルミエントはMWSSに対し、未払い工事代金、車両使用料、為替調整金、弁護士費用などを請求する訴訟を提起しました。
第一審の地方裁判所は、サルミエントの請求をほぼ全面的に認め、MWSSに約1,355万ペソの支払いを命じました。しかし、控訴審の控訴裁判所は、第一審判決を覆し、MWSSの反訴請求の一部を認め、サルミエントがMWSSに約638万ペソを支払うべきとの判決を下しました。サルミエントはこれを不服として最高裁判所に上告しました。
最高裁判所の判断:契約条項の解釈と事実認定
最高裁判所は、まず手続き上の問題として、本件が事実認定の問題を含むか否かを検討しました。原則として、最高裁判所は法律問題のみを審理対象としますが、第一審と控訴審の事実認定が異なる場合など、例外的に事実認定も行うことができます。本件では、まさに第一審と控訴審の判断が分かれていたため、最高裁判所は証拠を再検討する必要があると判断しました。
争点となった主な項目は以下の通りです。
- 超過工事量(オーバーラン)の費用:サルミエントは、当初の契約数量を超える工事を行ったとして、約1万925ペソの支払いを請求しました。MWSSは既に支払済みと主張しましたが、最高裁判所はMWSSの証拠不十分と判断し、サルミエントの請求を認めました。
- 外国為替調整金:サルミエントは、輸入資材の為替変動による損失として、約1,182万ペソの支払いを請求しました。しかし、最高裁判所は、輸入資材の代金はMWSSがアジア開発銀行(ADB)からの借入金で直接支払っており、サルミエントが外貨建て費用を負担していないと認定し、請求を棄却しました。裁判所は、「請負業者が外貨を調達し、外国のサプライヤーに資材を購入するために使用した場合にのみ、為替調整を受ける権利がある」と判示しました。
- 超過輸入資材の費用:サルミエントは、超過輸入資材の費用として約123万ペソを請求しましたが、これも上記と同様の理由で棄却されました。
- プライムコスト項目の残額:サルミエントは、プライムコスト項目として契約金額に含まれていた1,350万ペソのうち、実際の費用が約736万ペソであったため、差額の約613万ペソの支払いを請求しました。しかし、最高裁判所は、契約条項に基づき、プライムコスト項目はあくまで予算上の provisional amount であり、実際の費用のみが支払われるべきと解釈し、請求を棄却しました。裁判所は、「プライムコスト項目は、入札価格6,000万ペソから差し引かれ、差し引かれた後、プライム項目の実際の純費用である7,364,212.86ペソが前記4,650万ペソに加算される」と説明しました。
- 貿易割引の損失:サルミエントは、ポンプユニットの調達における貿易割引の損失として、50万ペソの支払いを請求しました。控訴裁判所はこれを認めませんでしたが、最高裁判所は、契約条項を総合的に解釈し、貿易割引もサルミエントの「実際の純費用」に含まれるべきと判断し、請求を認めました。
- 価格エスカレーション:サルミエントは、価格エスカレーションとして19万2千ペソを請求しました。MWSS自身が未払いであることを認めたため、最高裁判所は請求を認めました。
実務上の教訓と今後の影響
サルミエント対MWSS事件は、建設契約における支払紛争の典型例であり、以下の重要な教訓を与えてくれます。
主な教訓
- 契約条項の明確化:契約書、特に支払い条件、為替調整、プライムコスト項目など、紛争の種となりやすい条項は、曖昧さを排除し、明確かつ詳細に定めることが不可欠です。
- supplemental agreements の重要性:契約変更や追加合意を行う場合は、書面による supplemental agreements を作成し、両当事者が内容を十分に理解・合意することが重要です。口頭合意や曖昧な文書は、後に紛争の原因となります。
- 証拠の重要性:紛争が発生した場合、自身の主張を裏付ける証拠を十分に準備することが不可欠です。本件では、MWSSが支払済みであることを証明する十分な証拠を提出できなかったため、一部の請求が認められませんでした。
- 契約交渉とリーガルアドバイス:契約締結前には、契約内容を十分に理解し、必要に応じて弁護士などの専門家からリーガルアドバイスを受けることが重要です。特に、複雑な建設契約においては、専門家の助言を得ることで、リスクを低減し、紛争を未然に防ぐことができます。
本判決は、今後の建設契約における紛争解決に大きな影響を与えると考えられます。特に、為替変動リスクの負担、プライムコスト項目の扱い、契約変更時の手続きなどについて、より慎重な契約交渉と明確な契約条項の作成が求められるでしょう。
よくある質問 (FAQ)
- Q: 建設契約で支払いを巡る紛争が起こりやすいのはなぜですか?
A: 建設プロジェクトは、長期にわたることが多く、経済状況の変化や予期せぬ事態が発生しやすいです。また、契約金額が大きく、複数の関係者が関与するため、契約解釈や支払条件を巡って意見の相違が生じやすいのです。 - Q: 契約書に曖昧な点がある場合、どのように解釈されますか?
A: フィリピンの裁判所は、契約書の文言を文脈に沿って合理的に解釈し、当事者の意図を推測します。契約書全体を考慮し、条項の目的や背景事情も考慮されます。 - Q: プライムコスト項目とは何ですか?建設契約においてどのように扱われますか?
A: プライムコスト項目とは、契約締結時点では詳細が不明確な資材や設備について、予算として仮に設定される金額のことです。建設契約では、プライムコスト項目は総契約金額に含まれるものの、実際に支払われるのは実際の費用のみとなるのが一般的です。 - Q: 為替レート変動リスクは、建設契約においてどのように負担するのが適切ですか?
A: 為替レート変動リスクの負担は、契約交渉によって決定されます。一般的には、外貨建て費用を負担する側がリスクを負うことが多いですが、契約条項でリスク分担の方法を定めることも可能です。本判例のように、契約条項が不明確な場合、紛争の原因となる可能性があります。 - Q: 建設契約の紛争を未然に防ぐために、どのような対策を講じるべきですか?
A: 契約書作成段階で、弁護士などの専門家からリーガルアドバイスを受け、契約条項を明確かつ詳細にすることが最も重要です。また、契約交渉の過程を記録に残し、supplemental agreements を書面で作成するなどの対策も有効です。
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出典: 最高裁判所電子図書館
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