フィリピンの船員は、仕事に関連した怪我や病気をした場合に、障害給付を請求する権利を有しています。ただし、この権利を行使する際には、定められた手続きを遵守する必要があります。最高裁判所は、このケースにおいて、船員の障害給付請求が認められるための条件、特に、会社が指定した医師による評価、独立した医師による意見、権利放棄の有効性について明確な判断を示しました。今回の最高裁判所の決定は、船員の権利、医療評価の重要性、そして権利放棄の法的拘束力について、重要な洞察を提供しています。
船員の権利と会社の義務: 医療評価の手続きと権利放棄の有効性
2012年7月13日、ヤン・フレデリック・ピネダ・デ・ベラ(以下、デ・ベラ)は、ユナイテッド・フィリピン・ラインズ(以下、UPLI)を通じて、オランダ・アメリカ・ライン・ウェストール(以下、HAL)の船舶「M/S Statendam」のバーテンダーとして雇用されました。デ・ベラは2012年12月15日頃から腰痛を訴え、2013年1月18日にはアメリカでMRI検査を受けました。その結果、「L5-S1椎間板の変性疾患」と診断され、理学療法を勧められました。2013年2月3日、デ・ベラは本国に送還され、UPLIは彼を会社の指定医に紹介しました。指定医は、2013年4月2日にデ・ベラは職務に復帰可能であるとの最終診断を下しました。
デ・ベラはこれに納得せず、4月18日に労働仲裁裁判所に訴訟を提起しましたが、その翌日、UPLIから療養手当の支払いを受けました。さらに4月22日には、40,808.16ペソを受け取る代わりに、一切の請求権を放棄する権利放棄書に署名しました。7月25日、デ・ベラは別の医師の診察を受け、「船員として働くには不適格」との診断を受けました。労働仲裁裁判所はデ・ベラの訴えを認めましたが、国家労働関係委員会(NLRC)はこれを覆しました。控訴裁判所もNLRCの決定を支持しました。
最高裁判所は、本件における主な争点として、控訴裁判所がNLRCの決定を支持し、デ・ベラが障害補償を受ける権利がないと判断したことが正当であるかどうかを検討しました。裁判所は、船員が障害給付を受けるためには、会社指定医の診断だけでなく、適用されるフィリピンの法律と当事者間の契約に従う必要があると指摘しました。特に、標準的雇用契約(POEA-SEC)の条項が重要であると強調しました。
POEA-SEC第20条(A)(3)は、船員が会社指定医の診断に同意しない場合、労使双方が合意した第三者の医師の意見を求めることができると規定しています。この規定は、紛争解決のメカニズムを提供し、客観的な医療評価を保証するためのものです。しかし、デ・ベラは、会社指定医が職務復帰可能との診断を下した後に訴訟を提起し、その後になって初めて別の医師の診察を受けました。最高裁判所は、デ・ベラが訴訟を提起した時点では、障害給付を請求する根拠がなかったと判断しました。
最高裁判所は、会社指定医の診断が常に最終的であるわけではないとしながらも、第三者の医師の意見を求める手続きを遵守することが重要であると指摘しました。船員がこの手続きを怠った場合、会社指定医の診断が優先されるという原則を改めて確認しました。ただし、会社指定医の診断が科学的根拠に欠けていたり、船員の症状と矛盾する場合には、この原則は適用されない可能性があります。
本件では、デ・ベラは会社指定医の診断を覆すだけの証拠を提示できませんでした。会社指定医は、デ・ベラを継続的に診察し、複数の医療報告書を発行しました。また、整形外科医にも紹介し、理学療法も実施しました。これらの事実は、会社指定医の診断が客観的かつ信頼できるものであることを示唆しています。
さらに、最高裁判所は、デ・ベラが署名した権利放棄書の有効性についても検討しました。権利放棄書は、一般的に公序良俗に反するものとして否定的見られていますが、自発的に、かつ十分に理解した上で署名されたものであり、合理的な対価が支払われた場合には有効であると裁判所は判断しました。本件では、デ・ベラは権利放棄書の内容を理解しており、40,808.16ペソという対価も合理的であると判断されました。したがって、権利放棄書は有効であり、デ・ベラはもはや障害給付を請求することはできないと結論付けられました。
最高裁判所は、以上の理由から、デ・ベラの訴えを退け、控訴裁判所の判決を支持しました。この判決は、船員が障害給付を請求する際には、POEA-SECに定められた手続きを遵守し、権利放棄書の法的効果を十分に理解する必要があることを改めて示しています。
FAQ
本件の争点は何でしたか? | 本件の主な争点は、デ・ベラが障害補償を受ける権利があるかどうかでした。特に、会社指定医の診断、独立した医師の意見、権利放棄書の有効性が争点となりました。 |
POEA-SECとは何ですか? | POEA-SECとは、フィリピン海外雇用庁が定める標準的雇用契約のことです。海外で働くフィリピン人船員の権利と義務を規定しており、雇用契約に組み込まれることが義務付けられています。 |
会社指定医の診断はどの程度重要ですか? | 会社指定医は、最初に船員を診察し、医療状況に関する診断書を発行する機会を与えられています。その診断は重要ですが、船員はそれに異議を唱えることができます。 |
会社指定医の診断に同意しない場合、どうすればよいですか? | POEA-SEC第20条(A)(3)に従い、労使双方が合意した第三者の医師の意見を求めることができます。この第三者の医師の判断は、最終的なものとなります。 |
第三者の医師の意見を求める義務は誰にありますか? | 第三者の医師の意見を求める義務は船員にあります。積極的に、または明確にそれを要求する必要があります。 |
権利放棄書とは何ですか? | 権利放棄書とは、ある人物が特定の権利や請求権を放棄する文書のことです。本件では、デ・ベラは雇用から生じるすべての請求権を放棄する権利放棄書に署名しました。 |
権利放棄書は常に有効ですか? | いいえ、権利放棄書が有効であるためには、詐欺や欺瞞がなく、対価が十分かつ合理的であり、法律や公序良俗に反しない必要があります。 |
デ・ベラはなぜ障害給付を請求できなかったのですか? | デ・ベラは、会社指定医の診断に異議を唱える前に訴訟を提起し、その後になって初めて別の医師の診察を受けました。また、有効な権利放棄書に署名したため、もはや障害給付を請求する権利はありませんでした。 |
今回の最高裁判所の判断は、船員が障害給付を請求する際には、定められた手続きを遵守し、権利放棄書の法的効果を十分に理解する必要があることを明確にしました。この判例は、今後の同様のケースにおいて、重要な指針となるでしょう。
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免責事項: この分析は情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。お客様の状況に合わせた具体的な法的指導については、資格のある弁護士にご相談ください。
出典: DE VERA V. UNITED PHILIPPINE LINES, INC., G.R. No. 223246, 2019年6月26日