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  • 告訴取下げ書では殺人罪は免れない:パドゥア対モリーナ判事事件から学ぶ法的教訓

    告訴取下げ書では殺人罪は免れない

    [ A.M. No. MTJ-00-1248, 2000年12月1日 ]

    フィリピン最高裁判所の判例、パドゥア対モリーナ判事事件は、刑事訴訟における重要な原則を明確にしています。それは、特に殺人罪のような重大な犯罪においては、告訴取下げ書(被害者やその遺族が告訴を取り下げる書面)が刑事責任を免除する理由にはならないということです。この事件は、告訴取下げ書に基づいて殺人事件の予備調査を不適切に打ち切った地方裁判所判事の行為を検証し、司法判断における法の遵守の重要性を強調しています。

    刑事事件における告訴取下げ書の限界

    フィリピン法において、告訴取下げ書は民事責任においては一定の効果を持つ場合がありますが、刑事責任、特に公訴犯罪においては、その影響は限定的です。公訴犯罪とは、社会全体の利益に関わる犯罪であり、国家が訴追の主体となります。殺人罪、強盗罪、薬物犯罪などがこれに該当し、これらの犯罪は個人の意思で訴追を左右することはできません。

    刑法および刑事訴訟法は、犯罪の種類と手続きを明確に区別しています。例えば、刑事訴訟規則第112条第5項は、予備調査の手続きを規定しており、裁判官は証拠を検討し、起訴相当の理由があるかどうかを判断する義務を負っています。また、公訴犯罪の場合、たとえ被害者や遺族が告訴を取り下げても、検察官は社会正義の実現のために訴追を継続する義務があります。

    最高裁判所は、過去の判例(U.S. v. Leaño, et al.)においても、「公訴は、犯罪者の訴追と処罰を目的としており、民事責任に関する和解によって消滅することはない。なぜなら、すべての犯罪は処罰されるべきであり、たとえ被害者が賠償を明確に放棄した場合でも、有罪者を処罰するための刑事訴訟を起こすのは検察官の義務である」と判示しています。

    パドゥア対モリーナ判事事件の詳細

    事件は、ファビアナ・J・パドゥアが、夫を殺害したとされる義父フフェミオ・R・モリーナ判事(地方裁判所第2支部、サンフェルナンド、ラウニオン)を、重大な法律の不知と重大な裁量権の濫用で告発したことから始まりました。告訴人ファビアナの夫、フリオ・F・パドゥアは、息子であるバーソロミュー・J・パドゥアを射殺した罪で起訴されていました。

    事件の経緯は以下の通りです。

    • 1997年6月9日:フリオ・F・パドゥアが息子バーソロミューを射殺。
    • 1997年6月10日:警察官がフリオを親族殺し(parricide)で告訴。事件はモリーナ判事の法廷に割り当てられ、予備調査が開始。
    • 1997年6月18日:モリーナ判事はフリオに答弁書と証拠書類の提出を指示。
    • 1997年6月23日:メルセディタ・オパミル=パドゥア(被害者の未亡人と自称)が告訴取下げ書を提出。「義父フリオを全面的に責めることはできない」「家族の平和と調和を維持するため、告訴を取り下げ、訴訟の却下を求める」と主張。
    • 1997年7月24日:モリーナ判事は告訴取下げ書に基づき、フリオの訴訟却下申立を認め、「未亡人は法の下で被害者であり、故人の第一順位の相続人である」として訴訟を却下。フリオは釈放。
    • 1997年8月20日:告訴人ファビアナがモリーナ判事の処分を不服として告発。訴訟却下命令は一方的で、予備審問も形骸化していると主張。

    ファビアナは、モリーナ判事がメルセディタが法的な妻ではないことを知っていたはずだと主張し、被害者の法的な妻はルフィナ・オチャビロ=パドゥアであると指摘しました。また、モリーナ判事が被告と親しい関係にあり、事件の早期解決を図っているのではないかと疑念を表明しました。

    モリーナ判事はこれらの告発を否認し、手続きに則って予備調査を行ったと反論しました。しかし、最高裁判所は、裁判所管理官室(OCA)の報告書に基づき、モリーナ判事の訴訟却下は重大な法律の不知であると判断しました。

    最高裁判所は判決の中で、「モリーナ判事がメルセディタ・オパミル=パドゥアを被害者の法的な妻と信じたことは責められないとしても、被告に対する刑事告訴を却下したのは誤りである。親族殺しは公訴犯罪である。それは最も近親者に対する犯罪であるだけでなく、国家に対する犯罪でもある。したがって、被害者の未亡人とされる者、または他の相続人による告訴取下げ書は、被告の刑事責任を消滅させるものではない。告訴取下げは、刑事責任を消滅させる認められた方法の一つではない。せいぜい、そのような告訴取下げは、そこから生じる民事責任から被告を「任意に解放する」効果を持つだろう。」と述べています。

    さらに、「裁判官は、国民と法曹界に対して、与えられた紛争に適用すべき法律を知る義務を負っている。彼らは、法令と訴訟規則について、表面的ではない知識を示すことが求められる。訴訟当事者が、裁判官が法的原則の把握において明らかに不十分であると公正に非難されることはないと信じるならば、司法の運営に対する大きな信頼が生まれるだろう。」と強調しました。

    実務上の教訓

    パドゥア対モリーナ判事事件は、以下の重要な教訓を私たちに教えてくれます。

    • 公訴犯罪と告訴取下げ書: 殺人罪、傷害罪、強盗罪などの公訴犯罪においては、被害者や遺族による告訴取下げ書は、刑事訴訟の進行を止める決定的な理由にはなりません。告訴取下げ書は、主に民事訴訟における和解や賠償請求の放棄に影響を与えるものです。
    • 予備調査の重要性: 裁判官は、予備調査において、提出された証拠を慎重に検討し、起訴相当の理由があるかどうかを判断する義務があります。告訴取下げ書が提出された場合でも、犯罪の性質と証拠を総合的に考慮する必要があります。
    • 法律の不知は許されない: 裁判官は、法律の専門家として、適用される法令と判例を正確に理解し、適用する責任があります。重大な法律の不知は、司法に対する信頼を損なう行為として、懲戒処分の対象となります。

    主な教訓

    • 重大な公訴犯罪(殺人など)では、告訴取下げ書は刑事責任を免れない。
    • 裁判官は予備調査を適切に行い、証拠に基づいて判断する必要がある。
    • 法律の専門家として、裁判官は常に法令を正確に理解し、適用しなければならない。

    よくある質問(FAQ)

    Q1: 告訴取下げ書とは何ですか?どのような場合に提出されますか?

    A1: 告訴取下げ書とは、被害者またはその遺族が、犯罪の告訴を取り下げる意思を表明する書面です。主に、被害者が加害者との和解に至った場合や、訴追を望まない場合に提出されます。

    Q2: 告訴取下げ書は、刑事事件にどのような影響を与えますか?

    A2: 告訴取下げ書は、親告罪(名誉毀損罪など)においては、訴訟を終了させる効果を持つ場合があります。しかし、公訴犯罪(殺人罪など)においては、刑事訴訟の進行を止める決定的な理由にはなりません。告訴取下げ書は、民事訴訟における和解や賠償請求の放棄に影響を与えることがあります。

    Q3: 親族殺し(parricide)は、なぜ公訴犯罪なのですか?

    A3: 親族殺しは、単に個人間の問題ではなく、社会の秩序と倫理観を著しく侵害する重大な犯罪と見なされるため、公訴犯罪とされています。国家は、このような重大な犯罪を放置せず、社会正義を実現する責任があります。

    Q4: 裁判官が法律を誤って解釈した場合、どのような処分が下されますか?

    A4: 裁判官が重大な法律の不知を犯した場合、懲戒処分の対象となります。処分には、戒告、譴責、停職、免職などがあり、事案の重大性によって異なります。パドゥア対モリーナ判事事件では、モリーナ判事は罰金刑と警告を受けました。

    Q5: 刑事事件で告訴取下げ書を提出すべきか迷っています。どうすれば良いですか?

    A5: 刑事事件における告訴取下げ書の提出は、法的影響を十分に理解した上で行う必要があります。弁護士に相談し、具体的な状況に合わせて適切なアドバイスを受けることを強くお勧めします。

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  • 重婚罪の時効:フィリピン法における起算点と中断

    重婚罪における時効の起算点と中断事由を解説

    G.R. No. 119063, January 27, 1997

    配偶者がいるにもかかわらず、別の者と婚姻関係を結ぶ重婚は、フィリピン刑法で処罰される犯罪です。しかし、犯罪には時効があり、一定期間が経過すると起訴できなくなります。本判例は、重婚罪における時効の起算点と中断事由について重要な判断を示しています。

    重婚罪とは

    重婚罪は、婚姻という法的制度を侵害する犯罪であり、フィリピン刑法第349条に規定されています。同条では、有効な婚姻関係にある者が、その婚姻関係が解消されないまま、または配偶者が法律上の手続きによって推定死亡宣告を受けないまま、別の者と婚姻した場合に、重婚罪が成立すると定めています。

    重婚罪は、その性質上、公訴犯罪とされています。公訴犯罪とは、国家または社会全体に対する犯罪であり、被害者だけでなく、検察官も訴追する権利を有します。しかし、重婚罪においては、被害者(通常は最初の配偶者または2番目の配偶者)による告訴がなければ、訴追を開始することはできません。

    重婚罪の法定刑は、プリシオン・マヨール(6年1日~12年)です。刑法第92条によれば、プリシオン・マヨールは15年で時効を迎えます。

    本件の経緯

    ホセ・G・ガルシアは、妻であるアデラ・テオドラ・P・サントスが重婚罪を犯したとして告訴しました。ガルシアは、サントスが以前にレイナルド・キロカという男性と婚姻関係にあり、その婚姻関係が解消されないまま、ガルシアと結婚したと主張しました。ガルシアは1974年にサントスの重婚の事実を知ったと主張しましたが、告訴したのは1991年でした。

    第一審の地方裁判所は、サントスの弁護側からの訴えを却下する申立てを認め、重婚罪の時効が成立しているとして訴えを棄却しました。ガルシアはこれを不服として控訴しましたが、控訴裁判所も第一審の判断を支持しました。ガルシアはさらに上訴し、最高裁判所が本件を審理することになりました。

    最高裁判所の判断

    最高裁判所は、控訴裁判所の判断を支持し、ガルシアの上訴を棄却しました。最高裁判所は、以下の点を指摘しました。

    • 重婚罪は公訴犯罪であるが、被害者も存在し得る。
    • 時効の起算点は、犯罪が被害者、当局、またはその代理人によって発見された日から始まる。
    • 本件では、ガルシアは1974年にサントスの重婚の事実を知ったと認めている。
    • したがって、時効は1974年から起算される。
    • ガルシアが告訴したのは1991年であり、時効期間である15年を経過している。

    最高裁判所は、ガルシアがサントスの海外旅行によって時効が中断されたと主張したことについても、これを認めませんでした。最高裁判所は、サントスの海外旅行は一時的なものであり、刑法第91条が定める「フィリピン群島からの不在」には該当しないと判断しました。

    最高裁判所は、判決の中で以下の重要な点を述べています。

    「時効の期間は、犯罪が被害者、当局、またはその代理人によって発見された日から起算される。」

    「刑法第91条が定める『フィリピン群島からの不在』とは、一時的な旅行ではなく、継続的な不在を意味する。」

    本判例から得られる教訓

    本判例から、以下の教訓が得られます。

    • 重婚罪の時効は、犯罪が被害者、当局、またはその代理人によって発見された日から起算される。
    • 重婚罪の時効は15年である。
    • 時効は、犯罪者がフィリピン群島から継続的に不在である場合に中断される。
    • 重婚の事実を知った場合は、速やかに告訴する必要がある。

    実務上の留意点

    本判例は、重婚罪の被害者が、犯罪の事実を知った場合は、速やかに告訴する必要があることを示唆しています。時効期間が経過すると、告訴しても起訴できなくなるため、注意が必要です。また、犯罪者が海外に逃亡した場合でも、一時的な旅行であれば時効は中断されないため、注意が必要です。

    よくある質問(FAQ)

    重婚罪の被害者は誰ですか?

    重婚罪の被害者は、通常、最初の配偶者または2番目の配偶者です。最初の配偶者は、重婚によって婚姻関係が侵害されるという点で被害者となり、2番目の配偶者は、重婚の事実を知らずに婚姻関係を結んだ場合に被害者となります。

    重婚罪の時効は何年ですか?

    重婚罪の時効は15年です。

    時効はいつから起算されますか?

    時効は、犯罪が被害者、当局、またはその代理人によって発見された日から起算されます。

    時効はどのような場合に中断されますか?

    時効は、犯罪者がフィリピン群島から継続的に不在である場合に中断されます。

    重婚の事実を知った場合はどうすればよいですか?

    重婚の事実を知った場合は、速やかに弁護士に相談し、告訴の準備を始めることをお勧めします。

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