正当防衛の主張が退けられた事例:不意打ちによる殺人罪、傷害罪、殺人未遂罪
G.R. No. 122102, 1998年9月25日
導入:自宅での襲撃と正当防衛の限界
夜、自宅で平和に過ごしている最中に突然の襲撃を受けたら、誰でも身を守ろうとするでしょう。しかし、その防衛行為が法的に「正当防衛」と認められるには、厳しい条件があります。今回の最高裁判所の判例は、まさにそのような状況下で起きた事件を扱い、正当防衛の成立要件と、不意打ち(トレチャリー)があった場合の殺人罪の成立について、重要な教訓を示しています。
この事件では、被告人が近隣住民の家を襲撃し、住人を死傷させました。被告人は正当防衛を主張しましたが、裁判所はこれを認めず、殺人罪、傷害罪、殺人未遂罪で有罪判決を下しました。一体何が正当防衛と認められなかったのでしょうか?事件の詳細と判決内容を詳しく見ていきましょう。
法的背景:正当防衛とトレチャリー(不意打ち)の概念
フィリピン刑法では、正当防衛は犯罪行為とはみなされない正当な行為として認められています。刑法第11条には、正当防衛が成立するための3つの要件が定められています。
- 違法な攻撃:正当防衛は、まず違法な攻撃が存在することが前提となります。これは、正当な理由なく、相手から生命、身体、財産に対する侵害が現に行われていることを意味します。
- 合理的な必要性:防衛行為は、違法な攻撃を阻止するために合理的に必要である範囲内で行われなければなりません。過剰な防衛行為は正当防衛とは認められません。
- 挑発の欠如:防衛者が相手を挑発し、攻撃を誘発した場合、正当防衛は認められないことがあります。
一方、トレチャリー(不意打ち、タガログ語: Alevosia)は、刑法第14条で加重情状として定義されています。これは、犯罪の実行において、相手に防御の機会を与えない手段、方法、または形式を用いることを指します。トレチャリーが認められる場合、殺人罪などの罪が重く処罰される要因となります。
この事件では、被告人が正当防衛を主張しましたが、検察側はトレチャリー(不意打ち)があったと主張しました。裁判所は、これらの法的概念をどのように適用したのでしょうか。
事件の経緯:夜の襲撃、刃物による攻撃、そして裁判
1992年5月24日の夜、パテルノ・パタホとその妻ベビナは、ドゥマゲテ市の自宅で就寝していました。午後9時頃、彼らの家は石を投げつけられる音で起こされました。家の中には、息子のペドリートとその妻アナベルも寝ていました。石は隣に住むパテルノの息子、レジーノの家にも当たりました。
石投げが止んだ後、家の外から「悪魔!」という叫び声とともに、パテルノにドアを開けるよう求める声が聞こえました。アナベルはその声を、10年来の隣人で夫のいとこである被告人ロレト・ノアイの声だと認識しました。パテルノとベビナは起きて家の内外の明かりをつけ、アナベルとともに玄関に向かいました。
パテルノがドアを開けると、被告人は突然懐中電灯でパテルノの顔を照らし、すぐに「ピヌティ」と呼ばれる地元のマチェーテでパテルノの左胸を刺しました。パテルノは倒れ、それを見たベビナは助けを求めました。息子のレジーノは母親の叫び声を聞いて駆けつけましたが、被告人に顔と腕を斬りつけられ、意識を失いました。ペドリートも助けようとしましたが、被告人に肩を斬られました。しかし、被告人がつまずいた隙に逃げることができました。
パテルノは胸の刺し傷が原因で死亡しました。レジーノとペドリートは病院に搬送され、治療を受けました。被告人は殺人、殺人未遂、殺人未遂の罪で起訴されました。裁判で被告人は正当防衛を主張し、パタホ一家から先に暴行を受けたと証言しましたが、裁判所は被告人の証言には矛盾が多く、信用できないと判断しました。
最高裁判所は、一審判決を支持し、被告人の有罪判決を確定させました。裁判所は、被告人が懐中電灯で被害者の目をくらませてから攻撃した行為はトレチャリー(不意打ち)にあたり、正当防衛は成立しないと判断しました。
判決のポイント:矛盾する証言とトレチャリーの認定
最高裁判所は、被告人の正当防衛の主張を退けた主な理由として、被告人自身の証言と、被告側の証人であるイザベル・バンティゲの証言に矛盾が多かったことを指摘しました。裁判所は、証言の矛盾は証拠としての信用性を著しく損なうと判断しました。
また、裁判所は、被告人がパテルノを攻撃した際に懐中電灯で顔を照らした行為をトレチャリー(不意打ち)と認定しました。判決では、以下の最高裁判所の過去の判例(People vs. Pongol)を引用し、懐中電灯で目をくらませる行為は、被害者に防御の機会を与えない卑劣な手段であると強調しました。
「刺傷の直前に、被告人が懐中電灯の光を被害者の顔に当て、一時的に被害者の目をくらませた場合、たとえ正面からの攻撃であっても、それは突然であり、被害者が身を守る危険から逃れるために、その実行を直接確実にするような方法で実行された。」
裁判所は、この事件においても、被告人が懐中電灯でパテルノの目をくらませた直後に攻撃したことは、まさにトレチャリーの要件を満たすと判断しました。これにより、殺人罪の加重情状であるトレチャリーが認められ、被告人の刑罰が重くなりました。
さらに、裁判所は、被告人がレジーノに4つの傷を負わせたこと、そして被害者たちが一貫して被告人を犯人だと証言していることを重視しました。これらの事実は、被告人の正当防衛の主張を否定し、有罪判決を支持する強力な根拠となりました。
実務上の教訓:正当防衛の立証責任と冷静な対応
この判例から得られる教訓は、正当防衛を主張する際の立証責任の重さと、いかなる状況下でも冷静に対応することの重要性です。
教訓1:正当防衛の立証責任は被告側にある
刑事裁判において、原則として検察側が被告の有罪を立証する責任を負いますが、被告が正当防衛を主張する場合、立証責任は被告側に転換されます。被告は、自らの行為が正当防衛の要件を満たすことを明確かつ説得力のある証拠によって証明しなければなりません。今回の事件では、被告人は証言の矛盾などから、この立証責任を果たすことができませんでした。
教訓2:トレチャリー(不意打ち)は正当防衛を否定する
たとえ当初は正当防衛の状況であったとしても、攻撃方法がトレチャリー(不意打ち)にあたる場合、正当防衛は認められにくくなります。特に、相手に防御の機会を与えないような計画的な攻撃は、正当防衛の範囲を逸脱すると判断される可能性が高いです。今回の事件のように、懐中電灯で目をくらませてから攻撃する行為は、トレチャリーとみなされるリスクが高いことを認識しておくべきでしょう。
教訓3:冷静な対応が重要
夜間の襲撃という状況下では、誰でもパニックに陥りやすいものです。しかし、法的な観点からは、冷静に対応し、過剰な防衛行為に及ばないことが重要です。今回の事件では、被告人が刃物で複数回攻撃したこと、そしてその攻撃が過剰と判断されたことが、正当防衛が認められなかった一因と考えられます。襲撃を受けた場合でも、できる限り冷静さを保ち、必要最小限の防衛にとどめるべきです。
よくある質問(FAQ)
Q1:正当防衛が認められるのはどのような場合ですか?
A1:正当防衛が認められるには、違法な攻撃が存在し、防衛行為がその攻撃を阻止するために合理的に必要であり、かつ防衛者に挑発がなかったことが要件となります。これらの要件をすべて満たす必要があります。
Q2:トレチャリー(不意打ち)とは具体的にどのような行為ですか?
A2:トレチャリーとは、相手に防御の機会を与えないように意図的に行う攻撃方法です。例えば、背後から襲いかかる、油断している隙を突く、今回の事件のように懐中電灯で目をくらませるなどの行為が該当します。
Q3:自宅に侵入者があった場合でも、正当防衛は認められますか?
A3:自宅に侵入者がいた場合でも、正当防衛が認められる可能性はあります。しかし、その場合でも、防衛行為は合理的な範囲内にとどめる必要があります。過剰な防衛行為は正当防衛とは認められません。
Q4:もし正当防衛を主張する場合、どのような証拠が必要ですか?
A4:正当防衛を主張する場合、違法な攻撃があったこと、防衛行為がその攻撃を阻止するために合理的に必要であったこと、そして挑発がなかったことを示す証拠が必要です。目撃者の証言、事件現場の写真、診断書などが有効な証拠となります。
Q5:今回の判例は、今後の同様の事件にどのような影響を与えますか?
A5:今回の判例は、正当防衛の成立要件とトレチャリーの概念を改めて明確にしたものであり、今後の同様の事件においても重要な参考となるでしょう。特に、夜間の襲撃事件や、防御の機会を与えない攻撃方法が用いられた事件においては、この判例が重視されると考えられます。
正当防衛の問題は非常に複雑であり、個別の状況によって判断が異なります。もし、今回の判例や正当防衛についてさらに詳しく知りたい場合や、法的アドバイスが必要な場合は、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、刑事事件に精通した弁護士が、お客様の状況に応じた最適なリーガルサービスを提供いたします。
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Source: Supreme Court E-Library
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