会社更生手続におけるステイオーダーは刑事訴訟に及ばない
G.R. No. 173846, 2011年2月2日
はじめに
企業の財政再建を目指す会社更生手続は、苦境に立つ企業にとって重要な法的枠組みです。しかし、この手続における「ステイオーダー(権利保全命令)」が、企業の役員個人に対する刑事訴訟にも適用されるのかは、必ずしも明確ではありません。もし刑事訴訟もステイオーダーの対象となれば、役員は刑事責任を免れる抜け道となりかねず、社会正義に反する結果を招きかねません。本稿では、フィリピン最高裁判所が示した重要な判例、パニリオ対地方裁判所事件(G.R. No. 173846)を詳細に分析し、この疑問に答えます。本判決は、会社更生手続におけるステイオーダーが、企業役員個人の刑事責任追及を妨げるものではないことを明確にしました。企業の更生と、不正行為に対する責任追及という、一見すると相反する二つの要請をどのように両立させるべきか。本判例は、そのための重要な指針を示すものです。
事件の概要と争点
本件は、シラヒス・インターナショナル・ホテル(SIHI)の役員であった petitioners(Jose Marcel Panlilio, Erlinda Panlilio, Nicole Morris, Mario T. Cristobal)らが、会社更生手続の開始決定に伴うステイオーダーが、自身らに係属中の刑事訴訟にも適用されるべきだと主張した事件です。 petitioners らは、社会保障制度(SSS)法違反(SSS保険料の不払い)の罪で刑事訴追されていました。 petitioners らは、会社更生手続が開始されたことを理由に、刑事訴訟の一時停止を求めましたが、地方裁判所、控訴裁判所ともにこれを否定。最高裁判所まで争われた結果、最終的に petitioners らの主張は退けられました。本件の最大の争点は、会社更生手続におけるステイオーダーの範囲が、企業役員個人に対する刑事訴訟にまで及ぶのか否か、という点にありました。
法的背景:会社更生手続とステイオーダー
フィリピンにおける会社更生手続は、経営破綻に瀕した企業が再建を目指すための法的制度です。その主要な目的は、企業の事業継続と債権者への弁済を両立させることにあります。手続開始決定がなされると、債権者からの個別の権利行使は原則として禁止され、企業は事業再建に専念できる環境が与えられます。この債権者からの権利行使を一時的に停止させるのが「ステイオーダー」です。ステイオーダーは、企業の財産保全と、公平な債権者間での弁済を実現するために不可欠なものです。
当時の会社更生手続を定めていた大統領令902-A号第6条(c)および、会社更生手続に関する暫定規則第4条第6項には、ステイオーダーの効力について以下のように規定されていました。
大統領令902-A号第6条(c)
…経営委員会、更生管財人、理事会または機関が任命された場合、本法令に基づき、裁判所、審判所、委員会または機関に係属中の、経営または管財下にある会社、パートナーシップまたは団体に対するすべての債権訴訟は、当然に停止されるものとする。会社更生手続に関する暫定規則第4条第6項
ステイオーダー – 裁判所が申立を形式および実質において十分であると認めた場合、申立の提出から5日以内に、裁判所は以下の内容を含む命令を発行しなければならない。(b)債務者、その保証人および連帯債務者でない保証人に対する、金銭債権であるか否か、裁判上の請求であるか否かを問わず、すべての債権の実行を停止すること。…
これらの規定は、「すべての債権」の執行停止を命じていますが、この「債権」に刑事訴訟が含まれるのかが、本件の重要なポイントでした。最高裁判所は、過去の判例(Finasia Investments and Finance Corporation v. Court of Appeals事件)を引用し、「債権」とは金銭的な性質の債務または要求、あるいは金銭の支払いを求める主張を指すと解釈しました。
最高裁判所の判断:刑事訴訟はステイオーダーの対象外
最高裁判所は、控訴裁判所の判断を支持し、刑事訴訟はステイオーダーの対象外であるとの判断を下しました。判決理由の中で、最高裁は、刑事訴訟の目的と、会社更生手続の目的の違いを明確に区別しました。会社更生手続は、あくまで企業の経済的再生を図るためのものであり、刑事訴訟は、犯罪行為を行った者を処罰し、社会秩序を維持するためのものであると指摘しました。
最高裁判所は、過去の判例であるRosario v. Co事件を引用し、以下の点を強調しました。
Batas Pambansa Bilang 22(不渡り小切手法)違反の罪の本質は、不渡り小切手の作成および振出しという行為である。…同法は、債務者に債務の支払いを強制することを意図または設計したものではない。同法の趣旨は、刑罰をもって、不渡り小切手の作成および流通を禁止することにある。…同法は、財産に対する犯罪としてではなく、公安に対する犯罪として処罰するものである。刑事訴追の主な目的は、犯罪者を処罰し、本人および他の者が同一または類似の犯罪を犯すことを抑止し、本人を社会から隔離し、矯正および更生させること、または一般的に社会秩序を維持することにある。したがって、刑事訴追は、犯罪者を処罰し、他人を抑止することによって、公共の福祉を促進するように設計されている。
したがって、B.P. Blg. 22違反事件の提起は、P.D. No. 902-Aの範囲内で差し止められる「債権」ではない。確かに、被告人が alleged crime で有罪判決を受けた場合、私的被害者が被った損害または傷害に対する補償、賠償または補填につながる可能性はあるものの、B.P. Blg. 22違反の訴追は刑事訴訟である。
刑事訴訟には、犯罪者の処罰と被害者への賠償という二重の目的がある。刑事訴訟の支配的かつ主要な目的は、犯罪者の処罰である。民事訴訟は、単に付随的であり、被告人の有罪判決に付随するものである。その理由は、刑事訴訟は、国家の主権に対する侵害を正当化し、犯罪者によって引き起こされた社会秩序の混乱を正当化するために適切な刑罰を科すことを主な目的としているからである。一方、私的告訴人と被告人との間の訴訟は、もっぱら前者を補償することを目的としている。
この判例を踏まえ、最高裁は、SSS法違反も同様に、従業員を保護するための刑事罰であり、ステイオーダーによって刑事訴追を停止することは、公共の利益に反すると判断しました。会社更生手続は、刑事責任を免れるための手段として利用されるべきではない、というのが最高裁の明確なメッセージです。
さらに、最高裁は、2010年に制定された金融リハビリテーションおよび倒産法(共和国法律第10142号)第18条(g)にも言及しました。同条項は、ステイオーダーが「債務者の個人の債務者または所有者、パートナー、取締役または役員に対する刑事訴訟には適用されない」と明記しており、この点からも、刑事訴訟がステイオーダーの対象外であることが改めて確認されました。
実務上の意義と教訓
本判決は、会社更生手続を利用した役員の刑事責任回避を明確に否定した点で、実務上非常に重要な意義を持ちます。企業が財政難に陥った場合でも、役員個人の不正行為に対する責任追及は、会社更生手続とは切り離して行われるべきであるという原則を確立しました。企業経営者は、会社更生手続が刑事責任を免れるための免罪符にはならないことを肝に銘じる必要があります。
本判決から得られる教訓は以下の通りです。
- 会社更生手続におけるステイオーダーは、企業に対する民事的な債権執行を一時停止させるものであり、企業役員個人に対する刑事訴訟には適用されない。
- 企業役員は、会社が財政難に陥った場合でも、法令遵守を徹底し、不正行為を行わないように努める必要がある。
- 特に、社会保険料の不払いなど、従業員の生活に直接影響を与える行為は、刑事責任を問われる可能性が高い。
- 会社更生手続は、企業の再建を支援するための制度であり、刑事責任を免れるための制度ではない。
企業の皆様へのアドバイス
企業経営においては、常に法令遵守を最優先とし、特に社会保険料の納付など、従業員の権利に関わる事項については、確実な履行を心がけることが重要です。万が一、経営が困難な状況に陥った場合でも、不正行為に手を染めることなく、専門家(弁護士、会計士など)に相談し、適切な対応策を講じるようにしてください。会社更生手続は、あくまで企業の再建を支援するための制度であり、刑事責任を免れるためのものではありません。健全な企業経営を維持するためには、日々のコンプライアンス遵守が不可欠です。
よくある質問(FAQ)
- 質問1:会社更生手続が開始されたら、すべての訴訟が止まるのですか?
回答:いいえ、会社更生手続によって停止されるのは、原則として企業に対する民事的な債権執行です。刑事訴訟や、担保権の実行などは、ステイオーダーの対象外となる場合があります。 - 質問2:ステイオーダーは、具体的にどのような債権を対象とするのですか?
回答:ステイオーダーは、金銭債権、財産引渡請求権など、企業の財産に関わる債権を広く対象とします。ただし、租税債権や、労働債権など、一部の債権はステイオーダーの対象外となる場合があります。 - 質問3:会社役員が刑事訴追されるのは、どのような場合ですか?
回答:会社役員は、業務上横領、背任、脱税、贈収賄など、様々な犯罪行為によって刑事訴追される可能性があります。本件のように、社会保険料の不払いも、刑事罰の対象となる場合があります。 - 質問4:会社更生手続中に、役員が逮捕されることはありますか?
回答:はい、刑事訴訟はステイオーダーの対象外ですので、捜査機関の判断によっては、会社更生手続中でも役員が逮捕される可能性はあります。 - 質問5:会社更生手続と刑事訴訟が同時に進行する場合、どのような点に注意すべきですか?
回答:会社更生手続と刑事訴訟は、それぞれ別の手続として進行します。刑事訴訟においては、弁護士を選任し、適切に対応する必要があります。また、会社更生手続においても、刑事訴訟の状況を考慮しながら、再建計画を策定する必要があります。
本稿は、フィリピン最高裁判所の判例を基に、会社更生手続と刑事訴訟の関係について解説しました。ASG Lawは、フィリピン法務に精通した専門家として、企業法務に関する様々なご相談に対応しております。会社更生手続、刑事訴訟、その他企業法務に関するご相談は、お気軽にkonnichiwa@asglawpartners.comまでご連絡ください。また、お問い合わせページからもお問い合わせいただけます。ASG Lawは、貴社のフィリピンにおける事業展開を強力にサポートいたします。


Source: Supreme Court E-Library
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