フィリピン最高裁判所判例解説:正当防衛と謀殺罪における裏切り – 人民対マネス事件

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正当防衛の主張が認められず謀殺罪で有罪となった事例:裏切りの立証

G.R. No. 122737, February 17, 1999

はじめに

正当防衛は、自己または近親者の生命、身体、財産に対する不法な侵害を阻止するための重要な権利です。しかし、その主張が認められるためには、厳格な要件を満たす必要があります。本稿では、フィリピン最高裁判所の人民対マネス事件(People vs. Manes)判決を基に、正当防衛の主張が退けられ、謀殺罪で有罪となった事例を解説します。この判例は、正当防衛の成立要件、特に「不法な侵害」の有無や「裏切り」の認定において重要な教訓を示唆しています。暴力事件や自己防衛に関心のある方、法務担当者の方にとって、実務上の指針となるでしょう。

法的背景:正当防衛と謀殺罪

フィリピン刑法第11条は、正当防衛の要件を定めています。自己または近親者の防衛のためには、以下の3つの要件がすべて満たされる必要があります。

  1. 不法な侵害:防衛行為の前提となる不法な攻撃が存在すること。
  2. 合理的な必要性:防衛のために用いた手段が、侵害を阻止するために合理的に必要であったこと。
  3. 挑発の欠如:防衛者が侵害者に挑発行為をしていないこと。

特に重要なのが「不法な侵害」の要件です。これは、正当防衛が成立するための根幹であり、この要件が欠けると、たとえ自己防衛の意図があったとしても、正当防衛とは認められません。

一方、謀殺罪は、フィリピン刑法第248条に規定される重罪であり、人を殺害した場合に成立します。特に、刑法第14条には、謀殺罪を重くする事情として「裏切り(treachery)」が挙げられています。裏切りとは、「人に対する犯罪を実行する際に、その実行を直接的かつ特別に確実にする手段、方法、または形式を用いることであり、被害者が防御するリスクを冒さないようにするもの」と定義されます。裏切りが認められると、通常の殺人罪よりも重い刑罰が科されます。

本件では、被告人らは、被害者からの攻撃を防ぐために行った行為であると主張しましたが、裁判所は、検察側の証拠に基づき、被告人らが被害者を裏切りによって殺害したと認定しました。

事件の経緯:人民対マネス事件

事件は1991年6月23日、イロイロ州バディアガンで発生しました。被告人であるセルゴン・マネスとラミル・マネス兄弟は、被害者ニカノール・タモリーテを刃物と銃で攻撃し、殺害したとして謀殺罪で起訴されました。

起訴状の内容:

「1991年6月23日頃、イロイロ州バディアガン市において、上記被告人らは共謀し、互いに助け合い、刃物と.38口径リボルバーをそれぞれ携行し、裏切りおよび/または明白な計画的犯行をもって、不法かつ故意に、ニカノール・タモリーテを襲撃、攻撃、刺し、銃撃し、同人の身体の各部に刺創および銃創を負わせ、その結果、直ちに死亡させた。」

裁判所の審理:

  • 第一審の地方裁判所は、検察側の証拠に基づき、被告人らに有罪判決を言い渡しました。
  • 被告人らは控訴審で、正当防衛を主張しましたが、控訴裁判所も第一審判決を支持しました。
  • 最高裁判所は、控訴審判決を再検討し、最終的な判断を下しました。

検察側の主張:

事件当日、被害者ニカノール・タモリーテは、友人とバスケットボールの試合を観戦していました。試合後、被告人ラミル・マネスが被害者に近づき、「祭りで私を殺さなかったのは運が悪かったな。今度は私が殺してやる」と言い、銃を突きつけました。被害者が逃げようとしたところ、被告人セルゴン・マネスが背後から刃物で刺し、さらにラミル・マネスが銃撃を加えました。被害者は逃げましたが、追跡され、最終的に死亡しました。目撃者の証言によれば、被告人らは共謀して被害者を攻撃したとされています。

被告人側の主張:

被告人ラミル・マネスは、自宅で料理中に騒ぎを聞き、駆けつけたところ、弟のセルゴン・マネスが被害者を含む複数人に襲われているのを目撃したと証言しました。弟を助けるために、たまたま目に入った銃を持って現場に向かい、警告射撃をしたところ、被害者が弟を刺そうとしたため、やむを得ず発砲したと主張しました。また、セルゴン・マネスは、被害者からの不法な攻撃を受けていたと主張しました。

最高裁判所の判断:正当防衛の否定と謀殺罪の認定

最高裁判所は、地方裁判所および控訴裁判所の判断を支持し、被告人らの上訴を棄却しました。裁判所は、検察側の証拠が被告人らの有罪を合理的な疑いを超えて証明していると判断しました。

正当防衛の不成立:

裁判所は、被告人らの正当防衛の主張を認めませんでした。その理由として、以下の点を指摘しました。

  • 不法な侵害の欠如:被告人らの主張とは異なり、被害者側から先に不法な攻撃があったとは認められない。目撃者の証言や状況証拠から、むしろ被告人らが被害者に先制攻撃を加えたと認定されました。
  • 過剰な防衛:仮に被告人らの主張が一部真実であったとしても、被害者に対する攻撃は過剰であり、合理的な必要性を欠いていたと判断されました。

裁判所は、被告人ラミル・マネスの証言について、「もし本当に3人以上の者がセルゴン・マネスを攻撃したのであれば、彼は怪我、あるいは体のどこかに傷を負っていたはずである。しかし、そのような事実はなかった」と指摘し、被告人らの主張の信憑性を否定しました。

謀殺罪の成立:

裁判所は、被告人らの行為が「裏切り」に該当すると判断し、謀殺罪の成立を認めました。裁判所は、「被害者が被告人ラミル・マネスに気を取られている間に、被告人セルゴン・マネスが背後から不意に攻撃し、抵抗できない状態の被害者を刺した」という状況を重視しました。この状況は、まさに裏切りの定義に合致すると判断されました。

裁判所は判決文中で、裏切りについて次のように述べています。

「被害者が全く準備しておらず、背後からの予期せぬ攻撃に対して抵抗する武器を持っていなかった場合、刺傷は裏切りとみなされる以外にない。」

さらに、被告人らが犯行後、警察に自首しなかったことも、正当防衛の主張を弱める要因となりました。裁判所は、「正当な防衛行為を行った者は、通常、速やかに当局に自首し、事件の全容を説明する」と指摘しました。

実務上の教訓と今後の展望

本判例は、正当防衛の主張が認められるためには、不法な侵害の存在が不可欠であり、その立証責任は被告人側にあることを改めて明確にしました。また、裏切りが認められると、殺人罪が謀殺罪に квалифицироваться され、刑罰が重くなることも示しています。

実務上の教訓:

  • 正当防衛の要件の厳格性:正当防衛は、自己または近親者の生命を守るための最終的な手段であり、その要件は厳格に解釈されます。単に「身を守るためだった」という主張だけでは、正当防衛は認められません。
  • 不法な侵害の立証:正当防衛を主張する側は、まず不法な侵害があったことを具体的に立証する必要があります。客観的な証拠や目撃証言などが重要となります。
  • 裏切りの危険性:相手に不意打ちをかけるような攻撃は、裏切りと認定される可能性が高く、たとえ殺意がなかったとしても、謀殺罪で有罪となるリスクがあります。
  • 自首の重要性:正当防衛を主張する場合、事件後速やかに警察に自首し、事情を説明することが重要です。逃亡や隠蔽行為は、正当防衛の主張を弱める要因となります。

今後の展望:

本判例は、フィリピンにおける正当防衛および謀殺罪の解釈において、重要な先例としての地位を確立しています。今後の裁判においても、本判例の考え方が踏襲され、同様の事件における判断基準となるでしょう。弁護士や法務担当者は、本判例を十分に理解し、クライアントへの法的助言や弁護活動に活かす必要があります。

よくある質問(FAQ)

Q1: 正当防衛が認められるための最も重要な要素は何ですか?

A1: 正当防衛が認められるために最も重要な要素は、「不法な侵害」の存在です。自己または近親者に対する現実の、または差し迫った不法な攻撃が存在することが前提となります。

Q2: 裏切りとは具体的にどのような行為を指しますか?

A2: 裏切りとは、相手が防御できない状況を利用して、不意打ちをかけるような攻撃を指します。例えば、背後から攻撃したり、相手が油断している隙に襲いかかる行為などが該当します。

Q3: 正当防衛が過剰防衛とみなされるのはどのような場合ですか?

A3: 防衛のために用いた手段が、侵害の程度に比べて著しく過剰であった場合、過剰防衛とみなされることがあります。例えば、軽微な暴力に対して、生命を脅かすような反撃を行った場合などです。

Q4: 逮捕された場合、まず何をすべきですか?

A4: まずは冷静になり、弁護士に連絡を取ることが最優先です。弁護士に相談し、法的アドバイスを受けることで、今後の対応を適切に進めることができます。

Q5: フィリピンで刑事事件に巻き込まれた場合、どこに相談すれば良いですか?

A5: フィリピンで刑事事件に巻き込まれた場合は、フィリピンの法律事務所、または在フィリピン日本国大使館・領事館に相談することができます。ASG Lawは、刑事事件に関する豊富な経験を持つ法律事務所です。お気軽にご相談ください。

ASG Lawは、フィリピン法務のエキスパートとして、本件のような刑事事件に関するご相談も承っております。正当防衛や刑事事件でお困りの際は、ぜひASG Lawにご連絡ください。詳細なご相談は、konnichiwa@asglawpartners.comまでメールにて、またはお問い合わせページからご連絡ください。初回相談は無料です。




Source: Supreme Court E-Library

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