カテゴリー: 社会保障

  • SSS未払い保険料請求の時効:使用者はいつまで遡及責任を負うのか?

    SSS未払い保険料請求における時効期間:使用者責任の明確化

    G.R. No. 128667, December 17, 1999

    はじめに

    フィリピン社会保障制度(SSS)は、労働者の保護を目的としていますが、保険料の未払いは依然として深刻な問題です。使用者がSSS保険料を適切に納付しない場合、労働者は退職後の年金やその他の給付を受けられない可能性があります。本稿では、ラファエル・A・ロ対控訴院事件(Rafael A. Lo v. Court of Appeals)を基に、SSS保険料未払い請求権の時効期間と、使用者の責任範囲について解説します。

    本判決は、SSS保険料未払い請求の時効期間は、未払い発覚時から20年であると明確にしました。これは、労働者の権利保護を強化する重要な判例と言えます。本稿を通じて、使用者と労働者の双方がSSS制度に対する理解を深め、適切な保険料納付と権利行使に繋がることを願います。

    法的背景:SSS法と時効

    フィリピンの社会保障法(SSS法、共和国法律第1161号)は、労働者の社会保障を目的とした制度です。SSS法に基づき、使用者は従業員をSSSに登録し、毎月保険料を納付する義務を負います。保険料は、従業員の給与から控除される従業員負担分と、使用者が負担する使用者負担分から構成されます。

    重要な条項として、SSS法第22条(b)第2項は、使用者に対する必要な訴訟を提起する権利について規定しています。条文は以下の通りです。

    使用者に対する必要な訴訟を提起する権利は、不履行が判明した時、またはSSSによる査定が行われた時から20年以内、または給付が発生した時から20年以内に開始することができる。

    この条項は、SSS保険料の未払いに関する請求権の時効期間を明確に定めています。重要な点は、時効の起算点が「不履行が判明した時」とされていることです。これは、使用者が保険料を未払いにしていても、労働者がその事実を知らない限り、時効は進行しないことを意味します。

    従来の民法における債権の時効期間は10年でしたが、大統領令1636号によりSSS法の時効期間は20年に延長されました。これにより、労働者はより長期にわたって未払い保険料の請求を行うことが可能になりました。この変更は、特に長期間にわたって雇用されている労働者にとって大きな意味を持ちます。

    事件の経緯:ロ対控訴院事件の詳細

    本件の原告であるグレゴリオ・ルグビスは、1953年からホセ・ロが所有するポランギ米穀精米所で mechanic として働き始めました。その後、1959年からは同じくホセ・ロが経営するビホン工場でも勤務。1964年から1970年まで、日給10ペソで働いていましたが、病気のため退職しました。

    1978年、米穀精米所とビホン工場の経営は、ホセ・ロから息子のラファエル・ロと娘のレティシア・ロに引き継がれました。ラファエル・ロは米穀精米所(ラファエル・ロ米穀・コーンミル工場に改名)を、レティシア・ロはビホン工場の経営者となりました。

    1981年、ルグビスはホセ・ロに mechanic として再雇用され、日給34ペソと手当を受け取りました。1984年8月11日、ビホン工場で機械の修理中に事故に遭い、怪我を負い、その後間もなく退職しました。

    1985年、ルグビスは社会保障システム(SSS)に退職給付を申請しましたが、SSSの記録では1983年に加入し、1983年10月から1984年9月までの保険料しか納付されていないため、申請は却下されました。ルグビスは、1957年のSSS強制加入開始以来、月給から3.50ペソのSSS保険料が控除されていたことを知っていたため、ラファエル・ロとホセ・ロを相手取り、社会保障委員会に請願書を提出しました。

    社会保障委員会は1994年5月3日、ルグビスの主張を認め、ロ親子に対し、1957年9月~1970年9月、および1981年1月~1984年9月の未払い保険料、ペナルティ、および損害賠償金をSSSに納付するよう命じました。

    ラファエル・ロは控訴院に上訴する代わりに、審査請求を提出しましたが、控訴院はこれを上訴として受理し、審理しました。控訴院は1996年1月3日、保険料未払い期間を1981年1月~1984年9月から1981年1月~1983年9月へと一部修正したものの、社会保障委員会の決定を支持しました。ラファエル・ロは再審理を求めましたが、これも却下され、最高裁判所に上告しました。

    ラファエル・ロは、主に以下の2点を主張しました。

    • 請求権の大部分は時効にかかっている
    • 控訴院の事実認定は証拠に基づかない誤認である

    最高裁判所の判断:時効と事実認定

    最高裁判所は、まず時効に関するラファエル・ロの主張を退けました。裁判所は、SSS法第22条(b)第2項の規定を明確に適用し、時効の起算点は「不履行が判明した時」であると改めて確認しました。

    法律の明確かつ明白な文言は、その適用について疑いの余地を残さない。

    裁判所は、ルグビスが未払いの事実を知ったのは1984年9月13日の退職後であり、それ以前は給与から保険料が控除されていたため、未払いに気づくことは不可能であったと指摘しました。したがって、1985年8月14日の提訴は時効期間内であると判断しました。

    また、ラファエル・ロは、大統領令1636号が1980年1月1日に施行される前の請求には20年の時効期間は適用されないと主張しましたが、裁判所はこれも退けました。裁判所は、大統領令1636号による時効期間の延長は、改正前の時効期間が満了していない限り、遡及的に適用されると判示しました。仮に時効が1970年9月の退職時から進行していたとしても、1980年1月1日には10年の時効期間は満了しておらず、20年に延長されたと解釈できるとしました。

    次に、裁判所は事実認定に関するラファエル・ロの主張についても検討しました。ラファエル・ロは、控訴院がレティシア・ロの証言を信用できないとしたにもかかわらず、ルグビスが1957年から従業員であったと認定したのは誤りであると主張しました。

    しかし、最高裁判所は、控訴院がレティシア・ロの証言だけでなく、社会保障委員会の調査結果も考慮した上で判断を下したことを指摘しました。社会保障委員会は、ルグビス自身の証言、同僚の証言、およびその他の証拠を総合的に検討し、ルグビスの主張をより信頼できると判断しました。裁判所は、行政機関の事実認定は、実質的な証拠によって裏付けられている限り尊重されるべきであるという原則を改めて示し、控訴院の判断を支持しました。

    行政決定を審査する場合…そこでなされた事実認定は、圧倒的または優勢でなくても、実質的な証拠によって裏付けられている限り尊重されなければならない。

    以上の理由から、最高裁判所はラファエル・ロの上告を棄却し、控訴院の判決を支持しました。

    実務上の教訓:SSS保険料未払い問題への対策

    本判決から得られる実務上の教訓は、使用者と労働者の双方にとって重要です。

    使用者にとって

    • SSS保険料の納付義務を正しく理解し、履行することが不可欠です。
    • 従業員のSSS登録を確実に行い、保険料を適切に控除・納付する必要があります。
    • 保険料納付状況を定期的に確認し、未払いが判明した場合は速やかに是正措置を講じるべきです。
    • 従業員からのSSSに関する問い合わせには誠実に対応し、記録を適切に保管することが重要です。

    労働者にとって

    • 自身のSSS加入状況と保険料納付状況を定期的に確認する習慣を持つことが重要です。
    • 給与明細書などを確認し、SSS保険料が控除されているか確認しましょう。
    • SSSのオンラインポータルや窓口で、自身の記録を確認することができます。
    • 未払いの疑いがある場合は、早めに使用者またはSSSに相談することが大切です。
    • 退職後、SSS給付を申請する際には、過去の雇用記録や給与明細などを整理しておくとスムーズです。

    重要な教訓

    • 時効期間の認識:SSS保険料未払い請求の時効は、未払い発覚時から20年です。
    • 使用者責任の重大性:使用者はSSS法に基づき、保険料納付義務を負っています。
    • 証拠の重要性:未払い請求を行うためには、雇用関係や給与に関する証拠が重要になります。
    • 早期対応の重要性:未払いの疑いがある場合は、早期に専門家やSSSに相談しましょう。

    よくある質問(FAQ)

    1. Q: SSS保険料の未払いがあった場合、いつまで遡って請求できますか?
      A: 未払い発覚時から20年以内です。
    2. Q: 時効の起算点はいつですか?
      A: 未払いが判明した時です。給与から保険料が控除されていたにもかかわらず、実際には納付されていなかった事実を労働者が知った時点が起算点となります。
    3. Q: 過去の未払い保険料だけでなく、ペナルティや損害賠償も請求できますか?
      A: はい、可能です。本判決でも、未払い保険料に加えて、ペナルティと損害賠償金の支払いが命じられています。
    4. Q: SSSに未払いがないか確認する方法はありますか?
      A: SSSのオンラインポータル(My.SSS)で自身の記録を確認できます。また、SSSの窓口でも確認が可能です。
    5. Q: 使用者が倒産した場合でも、未払い保険料は請求できますか?
      A: 倒産手続きの中で債権者として請求することになります。ただし、回収できるかどうかは、倒産財産の状況によります。
    6. Q: SSS保険料の未払い問題について、弁護士に相談できますか?
      A: はい、弁護士にご相談ください。特に、使用者との交渉が難航する場合や、法的手続きを検討する場合は、専門家のアドバイスが有効です。

    未払いSSS保険料の問題でお困りの際は、ASG Lawにご相談ください。当事務所は、労働法分野に精通しており、SSS関連の問題についても豊富な経験を有しています。使用者との交渉、SSSへの手続き、訴訟対応など、お客様の状況に応じて最適なリーガルサービスを提供いたします。

    ご相談は、konnichiwa@asglawpartners.com または お問い合わせページ からお気軽にご連絡ください。ASG Lawは、マカティ、BGC、フィリピン全土で、皆様の法的ニーズをサポートいたします。

  • 従業員補償請求の時効:起算点は疾病発覚時ではなく労働能力喪失時|フィリピン最高裁判所判例解説

    従業員補償請求の時効は労働能力喪失時から起算:疾病発覚時ではない

    [G.R. No. 134028, December 17, 1999] EMPLOYEES’ COMPENSATION COMMISSION (SOCIAL SECURITY SYSTEM) VS. EDMUND SANICO

    従業員補償制度は、労働者が業務に関連する疾病や負傷によって労働不能となった場合に、生活を保障するための重要な制度です。しかし、請求には時効があり、適切な時期に請求を行わないと補償を受けられなくなる可能性があります。本判例は、従業員補償請求の時効の起算点について、重要な判断を示しました。最高裁判所は、時効の起算点を疾病が最初に発覚した時ではなく、労働者が実際に労働能力を喪失した時点、すなわち雇用 terminated 時と解釈しました。この判決は、労働者の権利保護を強化するものであり、実務においても重要な意味を持ちます。

    従業員補償制度と時効

    フィリピンの従業員補償制度は、大統領令第626号(労働法第4編第2編)に規定されています。この制度は、業務に関連する疾病、負傷、障害、または死亡によって労働者が被る損失を補償することを目的としています。従業員補償委員会(ECC)と社会保障制度(SSS)が制度の運営に関与しています。

    労働法第201条は、補償請求の時効について規定しており、「補償請求は、原因が発生した時から3年以内に制度に提起されなければならない」と定めています。しかし、「原因が発生した時」の解釈が問題となることがあります。特に、疾病の場合、発症から労働能力喪失までに時間がかかることがあり、いつを起算点とすべきか不明確な場合があります。

    従来のSSSおよびECCの解釈では、疾病が最初に診断された時点、または症状が最初に現れた時点を時効の起算点とすることがありました。しかし、この解釈は労働者にとって不利となる可能性がありました。なぜなら、疾病が発覚してもすぐに労働不能となるわけではなく、治療を続けながら就労を継続するケースも多いからです。もし疾病発覚時を起算点とすると、労働者が実際に労働能力を喪失する前に時効が成立してしまう可能性があります。

    一方、民法第1144条第2項は、「法律によって生じた義務に基づく訴訟は、原因が発生した時から10年以内」と定めています。この規定は、労働法第201条の3年という時効期間よりも長く、労働者の権利保護をより手厚くする可能性があります。本判例は、これらの規定の解釈と適用について重要な判断を示しました。

    本判例の事実関係と争点

    本件の被申立人であるエドムンド・サニコ氏は、ジョン・ゴタムコ・アンド・サンズ社に木材研磨工として1986年から1991年12月31日まで勤務していました。1991年9月31日の健康診断で肺結核(PTB)と診断され、1991年12月31日に病気を理由に解雇されました。その後、1994年10月9日と1995年5月3日に再度胸部X線検査を受け、肺結核であることが確認されました。

    サニコ氏は1994年11月9日、SSSに従業員補償給付を請求しました。SSSは1996年4月23日、時効を理由に請求を却下しました。SSSは、労働法第201条に基づき、時効の起算点を肺結核が最初に発覚した1991年9月21日と判断し、請求が3年の時効期間を経過しているとしました。

    サニコ氏はECCに不服を申し立てましたが、ECCもSSSの決定を支持しました。そこで、サニコ氏は控訴院に上訴しました。控訴院は、ECCの決定を覆し、サニコ氏の補償請求を認めました。控訴院は、労働法第201条と民法第1144条第2項を調和的に解釈し、民法第1144条第2項の10年の時効期間を適用しました。控訴院は、疾病が発覚した1991年9月から請求日である1994年11月9日まで10年以内であり、時効は成立していないと判断しました。

    本件の唯一の争点は、サニコ氏の補償請求が1994年11月9日に請求した時点で時効が成立していたかどうかです。最高裁判所は、この争点について判断を下しました。

    最高裁判所の判断:時効の起算点は労働能力喪失時

    最高裁判所は、控訴院の決定を支持し、SSSおよびECCの決定を覆しました。最高裁判所は、従業員補償請求の時効の起算点は、疾病が最初に発覚した時点ではなく、労働者が労働能力を喪失した時点、すなわち雇用が終了した時点と解釈しました。判決の要旨は以下の通りです。

    • 「障害は、医学的な意味合いよりも、労働能力の喪失という観点から理解されるべきである。」
    • 「永久的かつ全面的障害とは、従業員が同じ種類の仕事、または類似の性質の仕事、あるいはその人が訓練を受けたり、慣れ親しんだりした仕事、またはその人の知的能力や達成度でできるあらゆる種類の仕事で賃金を稼ぐことができなくなることを意味する。それは絶対的な無力さを意味するものではない。」
    • 「障害補償においては、補償されるのは負傷そのものではなく、むしろ労働能力の喪失という結果としての労働不能である。」

    最高裁判所は、これらの判例を踏まえ、時効の起算点を疾病発覚時ではなく、労働能力喪失時と解釈しました。本件では、サニコ氏の雇用は1991年12月31日に疾病を理由に終了しました。サニコ氏が補償請求を行ったのは1994年11月9日であり、雇用終了から3年以内です。したがって、最高裁判所は、サニコ氏の請求は労働法第201条の3年の時効期間内に提起されたと判断しました。

    最高裁判所は、労働法第201条と民法第1144条第2項の矛盾については、本件では判断する必要がないとしました。なぜなら、労働法第201条の3年の時効期間内で請求が認められるため、民法第1144条第2項を適用する必要がないからです。

    最後に、最高裁判所は、従業員補償制度は労働者保護のための社会立法であり、その解釈と適用は労働者に有利に行われるべきであると改めて強調しました。最高裁判所は、ECCに対し、社会正義を実現するための機関として、補償請求の判断において労働者に有利な解釈を採用すべきであり、特に業務と疾病の関連性が推測できる場合には、寛大な態度で臨むべきであると訓示しました。

    「労働法とその施行規則の規定の実施および解釈におけるすべての疑義は、労働者に有利に解決されるべきであるという労働法第4条の精神に意味と実質を与える解釈である。」

    以上の理由から、最高裁判所は、本件上告を棄却しました。

    実務上の意義と今後の展望

    本判例は、従業員補償請求の時効の起算点に関する重要な先例となります。今後は、疾病による従業員補償請求において、時効の起算点は疾病発覚時ではなく、労働能力喪失時、すなわち雇用終了時と解釈されることが明確になりました。この判例は、労働者にとってより有利な解釈であり、補償請求の権利をより確実に保護するものと言えるでしょう。

    企業としては、従業員の健康管理を徹底し、疾病の早期発見・早期治療に努めることが重要です。また、従業員が疾病により労働不能となった場合には、従業員補償制度について適切な情報提供を行い、請求手続きを支援することが望ましいでしょう。従業員からの補償請求があった場合には、時効の起算点について本判例の解釈を踏まえ、適切な対応を行う必要があります。

    実務上の教訓

    * 時効の起算点: 従業員補償請求の時効の起算点は、疾病発覚時ではなく、労働能力喪失時(雇用終了時)である。
    * 労働者保護の原則: 従業員補償制度は労働者保護のための社会立法であり、解釈と適用は労働者に有利に行われるべきである。
    * 企業側の対応: 従業員の健康管理、情報提供、請求手続き支援が重要。時効の起算点に関する判例を踏まえた対応が必要。

    よくある質問(FAQ)

    Q1. 従業員補償請求の時効は何年ですか?
    A1. 労働法第201条では、原因が発生した時から3年と定められています。

    Q2. 時効の起算点はいつですか?
    A2. 本判例により、疾病による請求の場合、労働能力を喪失した時点、すなわち雇用が終了した時点が起算点となります。

    Q3. 疾病が発覚してから数年後に労働不能になった場合、時効はいつから起算されますか?
    A3. 労働不能となった時点、すなわち雇用が終了した時点から3年以内であれば請求可能です。疾病発覚時からではありません。

    Q4. 民法第1144条第2項の10年の時効期間は適用されますか?
    A4. 本判例では、労働法第201条の3年の時効期間内で請求が認められたため、民法第1144条第2項の適用については判断されていません。しかし、労働者の権利保護の観点から、より長い時効期間が適用される可能性も残されています。

    Q5. どのような病気が従業員補償の対象になりますか?
    A5. 業務に起因または悪化した疾病が対象となります。肺結核、じん肺、職業性皮膚炎などが例として挙げられます。個別のケースについては専門家にご相談ください。

    ご不明な点や具体的なご相談がございましたら、従業員補償問題に精通したASG Lawにご連絡ください。御社のご状況に合わせて、最適なリーガルアドバイスを提供いたします。

    お問い合わせは、konnichiwa@asglawpartners.com または お問い合わせページ からお願いいたします。ASG Lawは、マカティ、BGC、フィリピン全土でリーガルサービスを提供する法律事務所です。



    Source: Supreme Court E-Library
    This page was dynamically generated
    by the E-Library Content Management System (E-LibCMS)

  • フィリピンの労働災害補償:部分的障害から完全障害への転換の法的根拠

    労働災害補償における障害の評価:時間経過と労働能力喪失の重要性

    G.R. No. 117572, 1998年1月29日

    労働災害は、時に一時的なものと思われた障害が、時間の経過とともに深刻化し、労働者の生活に長期的な影響を与えることがあります。本稿では、フィリピン最高裁判所の判決 Government Service Insurance System (GSIS) v. Court of Appeals and Rosa Balais (G.R. No. 117572) を基に、部分的障害から完全障害への補償給付の転換が認められる法的根拠と、実務上の重要なポイントを解説します。この判例は、当初は部分的障害と評価された労働者の障害が、退職後に悪化した場合、完全障害への転換が認められるかという点で重要な判断を示しました。特に、労働者の労働能力の喪失に着目し、単に医学的な診断だけでなく、社会経済的な側面も考慮に入れるべきであることを明確にしました。

    労働災害補償制度と障害等級

    フィリピンの労働災害補償制度は、労働に関連する病気や傷害を被った労働者を保護することを目的としています。この制度の下では、労働者の障害は、その程度に応じて一時的障害、部分的障害、完全障害に分類され、それぞれに応じた補償給付が支給されます。重要なのは、障害の評価が、単に怪我や病気の医学的な状態だけでなく、労働者の労働能力に与える影響に基づいて判断されるという点です。

    本件に関連する重要な条項として、改正労働災害補償規則の規則7第2条があります。これは、一時的完全障害の期間を120日と定めていますが、最高裁判所は、この期間を超えた場合でも、必ずしも部分的障害に限定されるわけではないと解釈しています。規則10第2条も参照すると、障害が120日を超えても、その状態が労働者の労働能力に重大な影響を与え続ける場合、完全障害と認定される可能性があることが示唆されます。

    重要な判例として、Bejerano v. Employees’ Compensation Commission (G.R. No. 84777, 1992年1月30日) があります。この判例では、「永久完全障害とは、同一の種類または類似の性質の仕事、あるいはその人の精神力と能力で行うことができるあらゆる種類の仕事で賃金を稼ぐことができない状態を意味する」と定義されています。つまり、単に身体が動かない状態ではなく、実質的に収入を得るための労働ができない状態を指します。

    GSIS対控訴院事件の経緯

    ローサ・バライス氏は、国家住宅庁 (NHA) に38年間勤務し、最終的には主席支払係にまで昇進した公務員でした。1989年12月17日、突然意識を失い、病院に搬送されました。診断の結果、くも膜下出血と判明し、手術を受けましたが、その後もめまい、頭痛、記憶喪失、不眠などの症状に苦しみました。1990年3月1日、62歳で早期退職を余儀なくされました。

    バライス氏はGSIS(政府サービス保険システム)に障害給付を申請し、当初は一時的完全障害、その後、9ヶ月間の永久部分的障害と認定されました。しかし、症状が改善しないため、永久完全障害への転換をGSISに求めましたが、GSISはこれを拒否。ECC(従業員補償委員会)もGSISの決定を支持しました。しかし、バライス氏は控訴院に上訴し、控訴院はECCの決定を覆し、バライス氏の訴えを認めました。

    GSISは控訴院の判決を不服として最高裁判所に上告しました。GSISは、バライス氏の障害は永久部分的障害であり、永久完全障害の基準を満たさないと主張しました。また、退職時に既に適切な補償が支払われていると主張しました。しかし、最高裁判所は控訴院の判決を支持し、GSISの上告を棄却しました。

    最高裁判所の判断

    最高裁判所は、判決の中で以下の点を強調しました。

    • 障害は時間の経過とともに変化しうる。当初は部分的障害と評価されたものが、後に完全障害となることもあり得る。
    • 障害の評価は、医学的な側面だけでなく、労働能力の喪失という社会経済的な側面も考慮すべきである。
    • 永久完全障害とは、絶対的な無力状態ではなく、「実質的に慣習的かつ通常の方法で報酬または利益のために職業を遂行するために必要なすべての重要な行為を行う能力の欠如」を意味する。
    • バライス氏の場合、手術後も症状が改善せず、日常生活や労働に支障をきたしていること、そして早期退職を余儀なくされたことは、永久完全障害と認定するに十分な根拠となる。
    • 憲法が定める社会正義の原則に基づき、労働者保護の観点から、労働災害補償制度は寛大に解釈されるべきである。

    最高裁判所は、判決の中で次のように述べています。「人の障害は、ある特定の瞬間に完全に現れるのではなく、むしろ一定期間にわたって現れる可能性がある。最初は一時的であると考えられていた傷害が、後になって永続的になることも、部分的障害を負った人が同じ原因で完全かつ永久的な障害者になることもあり得る。」

    また、「障害は、医学的な意義よりもむしろ、収入を得る能力の喪失という観点から理解されるべきである」と指摘し、バライス氏の早期退職と収入能力の喪失が、障害の評価において重要な要素であることを強調しました。

    さらに、最高裁判所は、GSISとECCに対し、「正当な請求に対する警戒は評価されるべきであるが、規則の厳格すぎる解釈は、政府への献身的な奉仕の結果として能力が低下した、あるいは完全に損なわれた人々に十分な支援を与えない結果を招く可能性がある」と注意喚起しました。そして、「憲法が定める社会正義の政策の下、人道的な衝動は、本件の私的回答者のような障害のある公務員の正当な訴えに対して、寛大で同情的なアプローチを求める」と述べました。

    実務上の意義と教訓

    本判決は、労働災害補償における障害の評価において、時間経過と労働能力喪失の重要性を明確にした点で、実務上非常に重要な意義を持ちます。特に、以下の教訓が得られます。

    • **障害は固定的なものではない:** 障害の状態は時間の経過とともに変化する可能性があり、当初の評価に固執すべきではない。
    • **労働能力喪失の重視:** 障害の評価は、医学的な診断だけでなく、労働者の社会経済的な状況、特に労働能力の喪失を考慮に入れる必要がある。
    • **寛大な解釈の原則:** 労働災害補償制度は、労働者保護の観点から寛大に解釈されるべきであり、形式的な要件に捉われず、実質的な救済を目指すべきである。

    よくある質問 (FAQ)

    1. Q: 部分的障害から完全障害への転換は、どのような場合に認められますか?

      A: 部分的障害と認定された後、症状が悪化し、労働能力が実質的に失われたと認められる場合に、完全障害への転換が認められる可能性があります。医学的な診断だけでなく、日常生活や仕事への影響、早期退職の必要性などが総合的に判断されます。

    2. Q: 障害の程度を判断する上で、最も重要な要素は何ですか?

      A: 医学的な診断も重要ですが、最も重要な要素は、労働能力の喪失です。つまり、障害によって、以前と同じように仕事ができなくなったか、あるいは全く仕事ができなくなったかが重視されます。

    3. Q: 労働災害補償の申請が却下された場合、どうすればよいですか?

      A: まず、却下理由を確認し、不服申し立ての手続きを行うことができます。ECC(従業員補償委員会)への上訴、さらに控訴院、最高裁判所への上告が可能です。弁護士に相談し、法的助言を得ることをお勧めします。

    4. Q: 障害年金と労働災害補償は、両方受給できますか?

      A: はい、障害年金と労働災害補償は、要件を満たせば両方受給できる場合があります。ただし、制度ごとに受給要件や給付内容が異なるため、個別に確認が必要です。

    5. Q: 労働災害と認定されるためには、どのような証拠が必要ですか?

      A: 労働災害と認定されるためには、業務と病気や怪我との因果関係を証明する必要があります。医師の診断書、業務内容の記録、同僚の証言などが証拠となります。弁護士に相談し、適切な証拠を収集することが重要です。

    ASG Lawは、フィリピンの労働法、社会保障法に精通しており、労働災害補償に関するご相談を承っております。障害給付の申請、不服申し立て、その他労働問題でお困りの際は、お気軽にご連絡ください。専門家が親身に対応いたします。

    konnichiwa@asglawpartners.com
    お問い合わせページ