裏切りが殺人罪の構成要件となる場合:予期せぬ攻撃による重大な結果
G.R. No. 129882, 1999年9月14日
導入
人間関係のもつれは、時に悲劇的な結末を迎えます。恋愛感情が絡んだ事件は、特にその傾向が強く、フィリピンでも例外ではありません。本稿では、恋愛関係の縺れから発生した殺人事件を扱い、裏切り(treachery)が殺人罪の構成要件となるか否かが争われた最高裁判所の判例、PEOPLE OF THE PHILIPPINES, PLAINTIFF-APPELLEE, VS. FERNANDO TAN ALIAS “DING”, ACCUSED-APPELLANT. (G.R. No. 129882, 1999年9月14日) を詳細に解説します。本判例は、裏切りが刑法上の殺人罪を構成する重要な要素であることを明確に示しており、同様の事件を検討する上で重要な指針となります。
本件の核心的な争点は、被告人による被害者への攻撃が、刑法で定める「裏切り」に該当するかどうかでした。最高裁判所は、一審の判断を支持し、裏切りがあったと認定しました。これにより、被告人には殺人罪が適用され、重い刑罰が科されることとなりました。以下、本判例の詳細を見ていきましょう。
法的背景:裏切り(Treachery)とは
フィリピン刑法典第14条16項は、裏切り(alevosiaまたはtreachery)を、犯罪の実行において、犯罪者が直接的かつ意図的に、被害者が防御または報復行為を行うリスクを回避する手段、方法、または形式を用いる場合に成立する加重情状と定義しています。重要なのは、攻撃が予期せず、被害者が防御の機会を与えられなかったかどうかです。最高裁判所は、過去の判例(People of the Philippines v. Wilfredo Felotes, G.R. No. 124212, September 17, 1998)で、「攻撃が正面から行われた場合でも、それが突然かつ予期せぬものであり、被害者に反撃や防御の機会を与えなかった場合、裏切りは成立する」と判示しています。
裏切りが認められると、通常の殺人罪(刑法第248条)が、より重い刑罰が科される加重殺人罪となります。通常の殺人罪は、故意に他人を殺害した場合に成立しますが、加重殺人罪は、裏切り、計画的犯行、対価、洪水、火災、地震、噴火、または航空機の難破などの手段を用いて殺人を犯した場合に成立します。加重殺人罪の刑罰は、再監禁刑(reclusion perpetua)から死刑までと定められています。
事例の概要:友人関係の終焉と突然の銃撃
被告人フェルナンド・タン別名“ディング”と被害者レイ・ブゾンは、幼馴染であり、ケソン市のドン・マヌエル通りで隣人同士でした。しかし、ゼナイダ・ヘルモシマという女性を巡る三角関係が、彼らの長年の友情に悲劇的な終止符を打つことになります。ゼナイダは当時フェルナンドの恋人でしたが、レイと駆け落ちし、最終的にアメリカで生活を始めました。フェルナンドは失恋の痛手を抱えましたが、時が経ち、彼自身も結婚し、後に未亡人となりました。事件発生の16年前のことでした。
1988年、レイはフィリピンに帰国しました。4月25日、レイはケソン市のドン・マヌエル通りの親戚や友人を訪ねました。昼食を共にした後、午後1時頃、会計士に会うために出かける準備をしました。しかし、会計士との面会は実現せず、レイは死を迎えることになります。
レイがアリシア・パラス、マーシャル・ガビーノ、ウィリット・マルカヴァー、フランシスコ・デラロサらに付き添われ自宅の門を出たところ、被告人フェルナンド・タンが近づいてくるのが見えました。アリシアが彼に挨拶をしましたが、フェルナンドは答えず、銃を取り出しレイに向け、「この間抜け!まだ反抗する気か、撃ってやる!」と叫びました。そして、レイを撃ちました。レイはジープから逃げ出そうとしましたが、フェルナンドは追いかけました。アリシアがレイを庇おうとしたため、フェルナンドはアリシアの鼻に銃を突きつけ、「売女!あっちへ行け」と怒鳴りました。アリシアは恐れて門の外へ逃げました。その間、フェルナンドとレイは揉み合っていました。その時、家の2階にいたレイの兄弟カストール・ブゾンが「やめろ、ディング」と叫ぶのが聞こえました。
レイがフェルナンドから逃れると、ハルコン通りに向かって走り出しましたが、フェルナンドは追いかけながら発砲しました。ハルコン通りで追いつかれたレイは、跪いた状態で「私はあなたに何をしたというのですか、なぜこんなことをするのですか?」と懇願しましたが、フェルナンドは聞き入れませんでした。それどころか、レイの顔を銃で殴り、撃ちました。レイは即死しました。
隣に住むアニタ・ラカンラライは、自宅で休憩中に、被害者がアリシア・パラス、マーシャル・ガビーノ、フランシスコ・デラロサ、ウィリット・マルカヴァーらに付き添われて門を出て、家の前に停めてあったオーナータイプのジープに乗り込むのを目撃しました。その後、フェルナンド・タンが彼らに向かって歩いてくるのを見て、しばらくして、フェルナンドがすでにジープの中に座っていたレイを撃つのを目撃しました。被害者はジープから飛び出し、自宅の中に逃げ込み、フェルナンドはそれを追いかけました。しばらくして、ラカンラライは被害者がハルコン通り方向に走っていくのを再び目撃し、フェルナンドがその後を追い、彼を撃っていました。
裁判所の判断:裏切りの存在と証拠の評価
一審裁判所は、アリシア・パラスとアニタ・ラカンラライの証言を重視し、被告人フェルナンド・タンに殺人罪で有罪判決を下しました。裁判所は、アリシアの証言は一貫しており、信用できると判断しました。また、アニタ・ラカンラライの証言は、アリシアの証言を裏付けるものとして評価されました。被告人側は、アリシアの証言の矛盾点や、検察側の証拠不十分を主張しましたが、裁判所はこれらの主張を退けました。
最高裁判所も、一審裁判所の判断を支持しました。最高裁は、一審裁判所の判決を下した裁判官が、すべての証人の証言を直接聞いたわけではないという被告人の主張を認めましたが、記録を詳細に検討した結果、一審裁判所の結論を覆す理由はないと判断しました。
最高裁は、特に裏切りの存在を認めました。最高裁は、「被害者レイ・ブゾンは、被告人からの攻撃を全く予期していなかった。パラスは彼に挨拶さえした。被告人が『この間抜け!まだ反抗する気か。撃ってやる!』と叫んだ時でさえ、ブゾンは反応することができなかった。なぜなら、被告人はすぐに銃を抜いて彼を撃ったからである」と指摘しました。さらに、「攻撃は迅速かつ予期せぬものであり、ブゾンに身を隠したり防御したりする時間的余裕を与えなかった」と述べ、裏切りの要件を満たしていると判断しました。
ただし、最高裁判所は、計画的犯行(evident premeditation)については、一審裁判所の認定を覆しました。最高裁は、計画的犯行が成立するためには、(1)被告人が犯罪を犯すことを決意した時期、(2)被告人が犯罪を実行する決意を固めていることを示す明白な行為、(3)決意から実行までの間に、被告人が行為の結果について熟考するのに十分な時間が経過していること、の3つの要素が必要であると指摘しました。本件では、これらの要素が十分に証明されていないと判断しました。
損害賠償については、一審裁判所が認めた実損害賠償50,000ペソ、逸失利益4,390,848ペソ、懲罰的損害賠償については、証拠不十分として取り消されました。弁護士費用については、50,000ペソから25,000ペソに減額されました。最終的に、最高裁判所は、被告人フェルナンド・タンに対し、殺人罪で再監禁刑を科した一審判決を、損害賠償額を修正した上で支持しました。
実務上の教訓
本判例から得られる教訓は、以下の通りです。
- 裏切りは殺人罪の重要な構成要件:攻撃が予期せず、被害者が防御の機会を与えられなかった場合、裏切りが成立し、殺人罪が加重される可能性があります。
- 目撃証言の重要性:本件では、アリシア・パラスとアニタ・ラカンラライの目撃証言が、有罪判決の重要な根拠となりました。一貫性があり、信用できる目撃証言は、裁判において非常に有力な証拠となります。
- 損害賠償には証拠が必要:損害賠償を請求する場合、実損害、逸失利益などを裏付ける客観的な証拠を提出する必要があります。証拠がない場合、損害賠償が認められないことがあります。
よくある質問(FAQ)
Q1: 裏切り(Treachery)はどのような場合に成立しますか?
A1: 裏切りは、攻撃が予期せず、被害者が防御の機会を与えられなかった場合に成立します。攻撃の手段、方法、形式が、被害者の防御を困難にするように意図的に選択されている必要があります。
Q2: 計画的犯行(Evident Premeditation)とは何ですか?
A2: 計画的犯行は、犯罪を犯す前に計画を立て、熟考する時間があった場合に成立する加重情状です。計画、実行への決意、熟考時間の経過という3つの要素が必要です。
Q3: 目撃証言の信用性はどのように判断されますか?
A3: 目撃証言の信用性は、証言の一貫性、具体性、客観性、証人の態度、他の証拠との整合性などを総合的に考慮して判断されます。証人が事件関係者である場合でも、証言の信用性が否定されるわけではありません。
Q4: 損害賠償請求で認められる損害の種類は?
A4: 損害賠償請求で認められる損害の種類は、実損害(治療費、葬儀費用など)、逸失利益(死亡による収入の喪失)、精神的損害、懲罰的損害賠償、弁護士費用などがあります。ただし、損害の種類によっては、客観的な証拠が必要となります。
Q5: 本判例は、今後の同様の事件にどのような影響を与えますか?
A5: 本判例は、裏切りの要件を明確にした判例として、今後の同様の事件において、裁判所の判断に影響を与える可能性があります。特に、予期せぬ攻撃による殺人事件において、裏切りの成否が重要な争点となるでしょう。


Source: Supreme Court E-Library
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