違憲な手続きがあっても、自白がなければ他の証拠は有効
[ G.R. No. 123273, 平成10年7月16日 ] フィリピン国対ルーベン・ティドゥラら
刑事事件において、個人の憲法上の権利は最大限に尊重されるべきです。しかし、もし逮捕手続きや取り調べに違憲性があったとしても、それだけで直ちに有罪判決が覆されるわけではありません。重要なのは、違憲な手続きによって得られた証拠が、裁判でどのように扱われるかという点です。
本稿では、フィリピン最高裁判所の判例、People v. Tidula (G.R. No. 123273) を詳細に分析し、違憲な逮捕や取り調べがあった場合に、どのような状況で有罪判決が維持されるのか、また、弁護士としてどのような点に注意すべきかを解説します。この判例は、刑事訴訟における証拠の適法性、特に自白の有無が重要な意味を持つことを示唆しています。
事件の背景と争点
この事件は、強盗殺人罪に問われたルーベン・ティドゥラ被告ら5名に関するものです。彼らは、被害者宅に侵入し、金品を強奪した上、被害者を殺害したとして起訴されました。裁判では、被告人らは逮捕状の違法性や、取り調べにおける憲法上の権利侵害を主張しました。
主な争点は、以下の点でした。
- 逮捕状の違法性や取り調べにおける憲法上の権利侵害は、有罪判決に影響を与えるか?
- 共犯者の一人の証言(国家証人となったパブロ・ゲノサの証言)は、有罪認定の根拠として十分か?
関連法規と判例
フィリピン憲法第3条第12項は、刑事事件における被疑者の権利を保障しています。特に、拘束下での取り調べ(custodial investigation)における権利として、黙秘権、弁護人選任権、そして、これらの権利を告知される権利が規定されています。また、同項第3号は、これらの権利を侵害して得られた自白や供述は、証拠として認められないと定めています。
憲法第3条第12項(3):
「本条又は第17条の規定に違反して得られた自白又は供述は、その者を不利にする証拠として許容されない。」
最高裁判所は、過去の判例で、custodial investigationにおける権利告知の重要性を繰り返し強調してきました。例えば、Miranda v. Arizona事件(米国最高裁判決)に代表されるように、権利告知は、被疑者が自己に不利な供述を強要されることなく、自由な意思決定に基づいて供述を行うことを保障するために不可欠です。
しかし、本件Tidula判例は、憲法上の権利侵害があったとしても、常に証拠能力が否定されるわけではないことを示しました。重要なのは、違憲な手続きによって「自白」が引き出されたかどうかです。もし自白が得られていない場合、他の適法に収集された証拠は、有罪認定の根拠となり得ると判断されました。
最高裁判所の判断
最高裁判所は、地方裁判所の有罪判決を支持し、被告人らの上訴を棄却しました。判決の主な理由は以下の通りです。
1. 憲法上の権利侵害について
被告人らは、取り調べ時に権利告知がなかった、弁護人がいなかったと主張しましたが、最高裁は、本件ではこれらの権利侵害は有罪判決に影響を与えないと判断しました。なぜなら、被告人らは取り調べで「自白」をしていないからです。憲法第3条第12項(3)は、違憲な手続きで得られた「自白」の証拠能力を否定するものであり、自白がない場合は、他の証拠の適法性には影響しないと解釈されました。
最高裁は判決で次のように述べています。
「拘束下での取り調べにおいて憲法上の権利を侵害されたとしても、被告人らが罪に関する供述をしなかった場合、ましてや自白書を作成しなかった場合は、違憲な権利侵害があったとしても、違法に取得された証拠は存在しないことになる。」
2. 逮捕状の違法性について
被告人らは、逮捕状に瑕疵があったとも主張しました。しかし、最高裁は、逮捕状の違法性の主張は、第一審で罪状認否を行う前に申し立てる必要があり、本件では既に時期を逸していると判断しました。罪状認否後には、逮捕状の違法性の異議申立ては「放棄されたものとみなされる」と判示しました。
最高裁は、判決で People v. Salvatierra 判例を引用し、次のように述べています。
「被告人は、罪状認否を行う前に逮捕の適法性を問題提起しなかったことを考慮すると、逮捕の適法性を争うことは禁反言に反する。逮捕状又は被告人の人身管轄権の取得に関する異議は、罪状認否を行う前に申し立てる必要があり、さもなければ異議は放棄されたものとみなされる。」
3. 国家証人パブロ・ゲノサの証言について
被告人らは、国家証人となったパブロ・ゲノサの証言は信用できないと主張しました。しかし、最高裁は、ゲノサの証言は、他の証拠(被害者の妻の証言、医師の検死報告書など)によって裏付けられており、信用性は十分にあると判断しました。また、ゲノサが国家証人として釈放されたことは、検察官の裁量と裁判所の判断によるものであり、不当ではないとしました。
最高裁は、判決で People v. Espanola 判例を引用し、次のように述べています。
「検察官の裁量の一部は、刑事犯罪の訴追を成功させるために、誰を国家証人として利用すべきかを決定することである。」
4. ゲノサ証言の矛盾点について
被告人らは、ゲノサ証言に矛盾点があると指摘しましたが、最高裁は、これらの矛盾点は些細なものであり、証言の主要な部分(犯行の実行、犯人の特定)には影響を与えないと判断しました。証人は、細部まで完璧に記憶している必要はなく、重要なのは、事件の全体像を矛盾なく証言しているかどうかであるとしました。
実務上の教訓とFAQ
本判例から得られる実務上の教訓は、以下の通りです。
- 自白の重要性: 違憲な手続きがあったとしても、被告人が自白をしていない場合、他の適法な証拠によって有罪判決が維持される可能性がある。
- 逮捕状の異議申立ての時期: 逮捕状の違法性を主張する場合は、第一審の罪状認否前に行う必要がある。
- 国家証人の証言: 国家証人の証言は、他の証拠によって裏付けられれば、有罪認定の有力な根拠となり得る。
よくある質問(FAQ)
刑事事件における証拠能力や手続きに関して、よくある質問とその回答をまとめました。
Q1: 警察に逮捕された際、黙秘権や弁護人選任権について説明がなかった場合、逮捕は違法になりますか?
A1: 説明がなかったこと自体は問題ですが、直ちに逮捕が違法となるわけではありません。重要なのは、その後の取り調べで違法な自白が引き出されたかどうかです。もし自白がない場合、他の証拠によって有罪となる可能性があります。
Q2: 違法な逮捕状で逮捕された場合、裁判で無罪になりますか?
A2: 違法な逮捕状で逮捕されたとしても、裁判で無罪になるとは限りません。逮捕状の違法性は、適切な時期(罪状認否前)に裁判所に申し立てる必要があります。時期を逸すると、違法性の主張は認められなくなる可能性があります。
Q3: 国家証人の証言だけで有罪判決が出ることはありますか?
A3: 国家証人の証言だけで有罪判決が出ることもあり得ます。ただし、裁判所は、国家証言の信用性を慎重に判断します。通常は、国家証言を裏付ける他の証拠(物証、被害者の証言など)が必要となります。
Q4: 取り調べで弁護士を呼びたいと伝えたのに、警察が弁護士を呼んでくれなかった場合、どうすればいいですか?
A4: 取り調べを拒否し、弁護士が来るまで一切供述しないことが重要です。後日、弁護士を通じて、取り調べの違法性を裁判所に訴えることができます。
Q5: もし家族が不当に逮捕された場合、弁護士に相談する以外にできることはありますか?
A5: まずは弁護士に相談することが最優先です。弁護士は、逮捕の適法性を確認し、適切な法的アドバイスを提供してくれます。また、人身保護請求(habeas corpus)などの手続きを検討することもできます。
まとめ
People v. Tidula判例は、刑事訴訟における憲法上の権利保護と、実体的な真実発見のバランスを示唆しています。違憲な手続きは決して許容されるべきではありませんが、手続き上の瑕疵が直ちに有罪判決を覆すわけではないことを理解しておく必要があります。弁護士としては、クライアントの権利を最大限に擁護するとともに、証拠の適法性、逮捕手続きの適法性など、多角的な視点から事件を分析し、適切な弁護活動を行うことが求められます。
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