フィリピン最高裁判所判例解説:執行猶予中の執行と公的資金の差し押さえの可否

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執行猶予中の執行は例外的措置:コロナ・インターナショナル対控訴裁判所事件

G.R. No. 127851, 2000年10月18日

フィリピンでは、裁判所の判決が確定する前に、勝訴判決を得た当事者が判決内容を強制的に執行することを「執行猶予中の執行」といいます。これは例外的な措置であり、厳格な要件の下でのみ認められます。本稿では、コロナ・インターナショナル対控訴裁判所事件(Corona International, Inc. v. Court of Appeals)を題材に、執行猶予中の執行が認められるための「正当な理由」とは何か、そして公的資金が差し押さえから保護される理由について解説します。

はじめに

ビジネスの世界において、契約上の紛争は避けられないものです。訴訟を通じて紛争解決を図る場合、勝訴判決を得ても、相手方が控訴した場合、判決が確定するまで執行できないのが原則です。しかし、例外的に「執行猶予中の執行」が認められる場合があります。本事件は、地方裁判所が認めた執行猶予中の執行を控訴裁判所が取り消し、最高裁判所が控訴裁判所の判断を支持した事例です。焦点となったのは、執行猶予中の執行を認める「正当な理由」の有無と、フィリピン・ココナッツ庁(PCA)の資金が公的資金として差し押さえの対象となるか否かでした。

法的背景:執行猶予中の執行と「正当な理由」

フィリピン民事訴訟規則39条2項は、執行猶予中の執行(裁量執行)について規定しています。条文を引用します。

「第2条 裁量執行。
(a) 控訴係属中の判決または最終命令の執行。- 裁判所が事件の管轄権を有し、かつ、申立書提出時に原記録または控訴記録のいずれかを所持している間に、不利な当事者への通知を伴う勝訴当事者の申立てにより、当該裁判所は、その裁量により、控訴期間の満了前であっても、判決または最終命令の執行を命じることができる。
裁判所が管轄権を喪失した後、控訴係属中の執行の申立ては、上訴裁判所に提出することができる。
裁量執行は、相当な理由がある場合にのみ、適正な聴聞の後、特別命令により発せられるものとする。」

条文が示すように、執行猶予中の執行が認められるためには、「正当な理由」が必要です。最高裁判所の判例は、「正当な理由」とは、判決が骨抜きにされるのを防ぐためのやむを得ない状況、すなわち、敗訴当事者が判決の取り消しを確保した場合に生じる損害よりも、緊急性を要する優れた状況でなければならないと解釈しています。

具体的には、原告企業の倒産危機など、執行猶予中の執行を認めなければ回復不能な損害が発生するような場合が考えられます。しかし、単に勝訴判決を得た当事者が経済的に困窮しているというだけでは、「正当な理由」とは認められにくい傾向にあります。なぜなら、執行猶予中の執行は、敗訴当事者の控訴権を事実上剥奪する効果を持つため、慎重な判断が求められるからです。

事件の経緯:地方裁判所、控訴裁判所、そして最高裁判所へ

本事件は、コロナ・インターナショナル社(原告、以下「コロナ社」)がフィリピン・ココナッツ庁(被告、以下「PCA」)を相手取り、建設プロジェクトの未払い代金等を求めて提訴した民事訴訟です。ケソン市の地方裁判所は、2000年9月10日、PCAに対し、約900万ペソの支払いを命じる判決を言い渡しました。

コロナ社は、判決確定前に執行を行う「執行猶予中の執行」を申し立てました。地方裁判所は、コロナ社の事業運営の破綻を避けるため、またPCAの控訴は「明らかに理由がなく、訴訟の最終的な処分を遅らせるだけ」であるとして、これを認めました。ただし、PCAが控訴審で勝訴した場合に備え、コロナ社に2000万ペソの保証金を供託することを命じました。

コロナ社が保証金を供託したことを受け、地方裁判所は執行令状を発行し、PCAのランドバンク(フィリピン土地銀行)の預金約1750万ペソが差し押さえられました。しかし、ランドバンクは資金の払い戻しを拒否。PCAは、執行猶予中の執行命令の写しを受け取っていないこと、コロナ社の保証金が裁判所の承認を得ていないことなどを理由に、執行令状の取り消しを申し立てました。地方裁判所はPCAの申し立てを却下し、ランドバンクに資金の払い戻しを命じました。

これに対し、PCAは控訴裁判所に certiorari 訴訟を提起。控訴裁判所は、2001年1月22日、地方裁判所の執行猶予中の執行命令を取り消し、執行令状の執行を差し止める仮処分命令を発令しました。控訴裁判所は、PCAの資金が公的資金であり、差し押さえの対象とならないと判断しました。

コロナ社は、控訴裁判所の決定を不服として、最高裁判所に上訴しました。コロナ社は、控訴裁判所が、地方裁判所で争点となっていなかった公的資金の問題を初めて取り上げたこと、そしてPCAの資金が公的資金であると判断したことは違法であると主張しました。

最高裁判所は、控訴裁判所が地方裁判所で争点となっていなかった公的資金の問題を審理したことは手続き上の問題があるとしつつも、執行猶予中の執行を認める「正当な理由」がないことを理由に、控訴裁判所の判断を支持し、コロナ社の上訴を棄却しました。

「控訴裁判所が執行猶予中の執行を認めなかった理由は、差し押さえられた資金が公的性質のものであるため、差し押さえできないという判断に基づいていることは明らかである。」

「第一に、地方裁判所が危惧したような、原告の事業運営の回復不能な崩壊は幻想であると思われる。被告が明らかにしたように、原告は国家電気通信委員会に事業拡大の申請を行っている。明らかに、原告が本当に倒産寸前の状況にあるのであれば、そのような申請は行われなかっただろう。さらに、記録にある原告が証券取引委員会に提出した最新の財務報告書は、その資産が負債を上回っていることを容易に示すだろう。」

最高裁判所は、コロナ社の事業が倒産危機に瀕しているという証拠がないこと、そしてPCAが公的機関であり、その資金が公共の利益のために使われるべきであることを考慮し、執行猶予中の執行を認める「正当な理由」はないと判断しました。

実務上の教訓:政府機関との取引における注意点

本判決から得られる実務上の教訓は、以下の通りです。

  1. 執行猶予中の執行は例外的な措置であることを理解する: 勝訴判決を得ても、相手方が控訴した場合、判決が確定するまで執行できないのが原則です。執行猶予中の執行は例外であり、認められるためには厳格な要件を満たす必要があります。
  2. 「正当な理由」の立証は困難: 執行猶予中の執行を認めてもらうためには、「正当な理由」を立証する必要があります。しかし、裁判所はこれを厳格に解釈する傾向にあり、単に経済的な困窮を訴えるだけでは不十分です。本事件のように、企業の倒産危機を主張しても、客観的な証拠がなければ認められない可能性があります。
  3. 政府機関の資金は差し押さえが難しい: 本判決は、PCAのような政府機関の資金は、公的資金として差し押さえの対象とならないことを明確にしました。政府機関と取引を行う場合、相手方の支払能力だけでなく、資金の性質についても注意を払う必要があります。
  4. 保証金の有効性に注意する: 執行猶予中の執行が認められた場合でも、保証金が適切に機能しなければ意味がありません。本事件では、コロナ社が供託した不動産担保が、既に第三者に譲渡されていたため、保証としての機能を果たしていませんでした。

よくある質問(FAQ)

Q1: 公的資金とは具体的にどのような資金を指しますか?

A1: 公的資金とは、政府機関や地方公共団体などが管理・運用する資金であり、税金や公債、国有財産収入などが主な財源となります。公共サービスの提供や政策の実施など、公共の利益のために使用されることが予定されています。本事件のPCAの資金も、ココナッツ産業の振興とココナッツ農家の支援のために使われるべき公的資金と判断されました。

Q2: どのような場合に「正当な理由」があると認められやすいですか?

A2: 裁判所が「正当な理由」を認めるのは、非常に限定的なケースです。例えば、原告が執行猶予中の執行を認めなければ倒産し、従業員が路頭に迷うなど、社会的に重大な影響が生じる場合や、被告が資産を隠匿するなど、判決の執行を著しく困難にする行為を行っている場合などが考えられます。ただし、これらの場合でも、裁判所の判断は厳格であり、客観的な証拠に基づく立証が必要です。

Q3: 民間の企業の場合、執行猶予中の執行は認められやすいですか?

A3: 相手方が民間の企業であっても、執行猶予中の執行が認められるハードルは高いままです。裁判所は、敗訴当事者の控訴権を尊重する立場から、執行猶予中の執行には慎重な姿勢を取ります。単に「早くお金を回収したい」という理由だけでは、認められることはありません。しかし、相手方の資力状況や訴訟の経緯によっては、認められる可能性もゼロではありません。

Q4: 執行猶予中の執行を申し立てる際に注意すべき点はありますか?

A4: 執行猶予中の執行を申し立てる際には、まず「正当な理由」を具体的に、かつ客観的な証拠に基づいて立証することが重要です。また、相手方が控訴審で勝訴した場合に備え、十分な保証金を供託する必要があります。保証金の額や種類についても、裁判所と十分に協議する必要があります。手続き面では、民事訴訟規則39条2項の要件を遵守し、適切な時期に、適切な方法で申し立てを行う必要があります。

Q5: 政府機関との契約において、未払いが発生した場合、どのような対応策が考えられますか?

A5: 政府機関との契約においては、契約書の内容を詳細に確認し、支払い条件や遅延利息、紛争解決条項などを明確に定めることが重要です。未払いが発生した場合は、まず相手方機関と誠実に協議を行い、支払いを促すことが基本となります。それでも解決しない場合は、訴訟を提起することも検討せざるを得ませんが、本判例のように、政府機関の資金の差し押さえは困難な場合があることを理解しておく必要があります。訴訟以外にも、調停や仲裁など、裁判外紛争解決(ADR)の活用も有効な手段となりえます。

まとめ

コロナ・インターナショナル対控訴裁判所事件は、執行猶予中の執行が例外的な措置であり、厳格な要件の下でのみ認められることを改めて示した判例です。特に、政府機関のような公的機関の資金は、差し押さえから保護される傾向にあります。企業が政府機関と取引を行う際には、本判例の教訓を踏まえ、契約内容や相手方の性質を十分に理解した上で、慎重な対応が求められます。

本件のような執行猶予中の執行や政府機関との契約に関するご相談は、ASG Lawにご連絡ください。当事務所は、フィリピン法務に精通した弁護士が、お客様の правовые вопросы を丁寧に解決いたします。

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Source: Supreme Court E-Library
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