船員の障害給付:会社指定医の診断後も継続する労働不能期間の重要性

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本判決は、船員の障害給付請求に関する重要な判断を示しました。最高裁判所は、会社指定医が労働可能と診断した後でも、一定期間(最大240日)労働不能な状態が続いた場合、船員は障害給付を受け取る権利があると判断しました。この判決は、会社指定医の診断だけでなく、実際に労働ができない状態にあるかどうかを重視するものであり、船員の権利保護に繋がるものです。

「働ける」という診断の裏で:船員の障害給付をめぐる真実

この事件は、船員のアンドレス・G・トマクルス氏が、フィラシア・シッピング・エージェンシー社(以下、フィラシア社)を通じてインターモーダル・シッピング社に雇用され、M/V Saligna号の機関士として勤務していたことに始まります。トマクルス氏は過去にも同様の契約を4回締結し、毎回、雇用前の健康診断で「労働可能」と評価されていました。しかし、最後の契約期間中に血尿を発症し、日本の病院で右腎臓の結石が発見されました。その後、フィリピンに帰国し、会社の指定医による診察を受けた結果、両腎臓に結石があるにも関わらず、「労働可能」と診断されました。

トマクルス氏は、労働可能と診断されたにも関わらず、フィラシア社から「治療費が高額になったため、保険会社が彼の雇用を望んでいない」と告げられ、再雇用を拒否されました。自身の診断に疑念を抱いたトマクルス氏は、別の医師に診察を依頼し、「両側腎臓結石症」と診断され、労働不能と判断されました。その後、トマクルス氏はフィラシア社に対し、障害給付、傷病手当、損害賠償、弁護士費用を請求する訴訟を提起しました。

本件の主な争点は、会社指定医による「労働可能」の診断が、船員の障害給付請求を否定する根拠となるかどうかでした。最高裁判所は、船員の障害給付は、医学的な診断だけでなく、契約や法律によっても定められると指摘しました。特に、労働基準法(Labor Code)の規定は、船員にも同様に適用されると強調しました。この規定では、一時的な労働不能が120日を超えて継続した場合、原則として永続的な労働不能とみなされると定められています。ただし、病状が継続し、治療が必要な場合は、240日まで延長される場合があります。

労働基準法 第192条(c)

以下の障害は、完全かつ永続的なものとみなされる。(1)規則に別途規定されている場合を除き、継続して百二十日以上継続する一時的な完全障害。

裁判所は、POEA(フィリピン海外雇用庁)の標準雇用契約(SEC)と労働基準法の関係を明確化し、会社指定医の診断だけでなく、実際に労働ができない状態にある期間も考慮する必要があると判示しました。本件では、トマクルス氏が帰国後、会社指定医による治療を受けましたが、「労働可能」と診断されたのは帰国から249日後でした。裁判所は、この事実に基づき、トマクルス氏の一時的な労働不能は、労働基準法第192条(c)(1)および関連規則により、完全かつ永続的なものとみなされると判断しました。

したがって、最高裁判所は、控訴裁判所の判決を支持し、フィラシア社に対し、トマクルス氏に障害給付および弁護士費用を支払うよう命じました。この判決は、会社指定医の診断が絶対的なものではなく、実際の労働能力を総合的に判断する必要があることを示した重要な判例となりました。船員は、会社指定医から「労働可能」と診断された場合でも、実際に労働ができない状態が継続する場合は、障害給付を請求できる可能性があることを覚えておくべきです。

最高裁判所はまた、サラカム対インターオリエント・マリタイム・エンタープライゼス社(Sarocam v. Interorient Maritime Ent., Inc.)の判決は本件には適用できないと判断しました。この事件では、船員が帰国からわずか13日後に「職務に適している」と宣言され、労働不能期間が短かったことが考慮されました。本件とは異なり、サラカム事件の船員は、宣言からわずか3か月後にリリースと権利放棄を実行しました。また、会社指定医による診察から8〜9か月後に相談した医師による医学的所見に基づいて、利益と損害賠償の訴えを起こしたのは、「職務に適している」と宣言されてから約11か月後でした。

FAQs

このケースの重要な争点は何でしたか? 会社指定医が船員を「労働可能」と診断した後でも、その船員が障害給付を受ける資格があるかどうかでした。裁判所は、診断後も一定期間労働不能であった場合、給付の資格があると判断しました。
労働基準法(Labor Code)は、このケースにどのように適用されましたか? 裁判所は、労働基準法の障害に関する規定は船員にも適用されると判示しました。特に、一時的な労働不能が120日を超えて継続する場合、原則として永続的な労働不能とみなされるという規定が重要でした。
POEA標準雇用契約(SEC)とは何ですか? POEA SECは、フィリピン海外雇用庁が定める標準的な雇用契約であり、海外で働くフィリピン人労働者の権利と義務を定めています。この契約は、船員の雇用条件を規定する上で重要な役割を果たします。
会社指定医の診断は、どの程度重要ですか? 会社指定医の診断は重要な要素ですが、絶対的なものではありません。裁判所は、実際の労働能力や労働不能期間など、他の要素も考慮する必要があると判断しました。
船員が障害給付を請求できる条件は何ですか? 船員が障害給付を請求できる条件は、POEA SECや労働基準法などの法律によって定められています。一般的には、病気や怪我によって労働ができない状態であり、その状態が一定期間継続する必要があります。
「一時的な完全障害」とは何を意味しますか? 「一時的な完全障害」とは、船員が一時的に完全に労働ができない状態を指します。この状態が一定期間継続すると、永続的な障害とみなされる場合があります。
「永続的な完全障害」とは何を意味しますか? 「永続的な完全障害」とは、船員が永続的に完全に労働ができない状態を指します。この状態と判断された場合、船員は障害給付を受け取る資格があります。
弁護士費用は誰が負担しますか? 本件では、フィラシア社がトマクルス氏の障害給付請求を拒否したため、トマクルス氏が訴訟を提起せざるを得ませんでした。裁判所は、このような状況では、弁護士費用はフィラシア社が負担すべきであると判断しました。
会社指定医の診断に不満がある場合、どうすれば良いですか? 会社指定医の診断に不満がある場合は、別の医師に診察を依頼し、セカンドオピニオンを求めることができます。また、弁護士に相談し、法的助言を求めることもできます。

この判決は、フィリピンの船員法務において重要な転換点を示しました。船員の権利保護を強化し、雇用主に対してより責任ある行動を促す可能性があります。会社指定医の診断だけでなく、実際の労働能力を考慮する重要性を強調することで、同様の状況にある他の船員にも大きな影響を与えるでしょう。

本判決の具体的な状況への適用に関するお問い合わせは、ASG Law(お問い合わせ)またはメール(frontdesk@asglawpartners.com)までご連絡ください。

免責事項:この分析は情報提供のみを目的としており、法的助言を構成するものではありません。お客様の状況に合わせた具体的な法的指導については、資格のある弁護士にご相談ください。
出典:PHILASIA SHIPPING AGENCY CORPORATION VS. ANDRES G. TOMACRUZ, G.R. No. 181180, 2012年8月15日

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