フィリピンにおける信託受領書と民事責任:ビジネスオーナーが知るべき主要な教訓
Byron Cacdac vs. Roberto Mercado, G.R. No. 242731, June 14, 2021
フィリピンで事業を展開する日本企業や在住日本人にとって、信託受領書(Trust Receipt)の使用は一般的な慣行です。しかし、この制度を誤解すると、予期せぬ民事責任を負う可能性があります。Byron Cacdac vs. Roberto Mercadoの事例では、信託受領書に関連する民事責任の問題が取り上げられました。この事例では、被告が刑事訴追から無罪となった後も民事責任を負うかどうかが争点となりました。重要な事実は、被告が信託受領書に署名していなかったこと、そして信託受領書に基づく取引が実際には売買契約であったことでした。中心的な法的問題は、信託受領書に基づく民事責任の成立条件と、刑事訴追の結果が民事責任に及ぼす影響でした。
法的背景
フィリピンでは、信託受領書はPresidential Decree No. 115(Trust Receipts Law)によって規制されています。この法律は、信託受領書の使用を通じて商品を信託する取引を管理するものです。信託受領書は、商品が信託された場合に、受領者が商品を販売し、その売却代金を信託者に返済する義務を負うことを規定しています。民事責任については、フィリピンの民法典(Civil Code of the Philippines)第19条と第20条が関連します。これらの条項は、故意または過失による行為から生じる損害に対する責任を定めています。
フィリピンの刑事訴訟では、刑事責任と民事責任は異なる基準で評価されます。刑事責任は「合理的な疑いを超える証拠」(beyond reasonable doubt)によって証明されなければならない一方、民事責任は「証拠の優越」(preponderance of evidence)によって証明されます。これは、刑事訴訟で無罪となった場合でも、民事責任が認められる可能性があることを意味します。
例えば、ある企業が信託受領書を使用して商品を購入し、その商品を販売した後、売却代金を信託者に返済しなかった場合、信託受領書に署名した個人が民事責任を負う可能性があります。しかし、信託受領書に署名していない第三者が民事責任を負うためには、信託受領書に基づく取引に直接関与していることが証明されなければなりません。
この事例に直接関連する主要条項は、信託受領書法(Presidential Decree No. 115)の第4条で、「信託受領書に基づく取引において、信託者は信託された商品を所有し、受領者はその商品を販売し、その売却代金を信託者に返済する義務を負う」と規定されています。
事例分析
Roberto Mercadoは、ガソリンスタンドの所有者であり、燃料小売業者でした。2004年12月8日、Mercadoは従業員のManolo Rascoを通じて、Byron Express Bus Company(以下、Byron Express)に10,000リットルのディーゼル燃料を納入しました。Byron Expressの事務員Jaivi Mar Jusonが燃料を受け取り、信託受領書に署名しました。信託受領書には、Jusonが商品を信託し、その売却代金を2004年12月15日までにMercadoに返済する義務を負うことが明記されていました。
しかし、期日までにJusonはMercadoに代金を支払いませんでした。Mercadoは、JusonとByron Expressの所有者とされるByron Cacdacに対して、不実の信託受領書に関する詐欺罪(estafa)の訴えを起こしました。公訴人は、JusonとCacdacに対して刑事訴訟を提起しました。裁判では、MercadoはCacdacがByron Expressの所有者であると証言しましたが、証拠は提出されませんでした。また、MercadoはCacdacが燃料を注文し、JusonがByron Expressを代表して受け取ったと主張しました。
地域裁判所(RTC)は、Cacdacに対する刑事訴訟を却下しましたが、彼に民事責任を課しました。RTCは、信託受領書にCacdacの名前と署名がなく、取引が売買契約であったことを理由に、Cacdacの刑事責任を否定しました。しかし、CacdacがByron Expressの所有者であり、Jusonの雇用者であり、ディーゼル燃料の実際の購入者であることを理由に、民事責任を認めました。RTCの判決は、Cacdacに235,000ペソを支払うよう命じました。
Cacdacはこの判決に不服として控訴しましたが、控訴裁判所(CA)はRTCの判決を支持し、利息の計算方法のみを修正しました。CAは、Mercadoが提出した証拠がCacdacの民事責任を立証するのに十分であると判断しました。CAは、CacdacがByron Expressの所有者であり、燃料を注文したと認定しました。
しかし、最高裁判所はCacdacの主張を認め、民事責任を否定しました。最高裁判所は、Cacdacが信託受領書に署名しておらず、JusonがCacdacの代理人として行動した証拠がないことを理由に、Cacdacの民事責任を否定しました。また、CacdacがByron Expressの所有者であることを証明する証拠が不足していることも指摘しました。最高裁判所は、Cacdacに対する民事責任を削除することを決定しました。
最高裁判所の推論の一部を直接引用すると、
「Cacdacは信託受領書に署名しておらず、JusonがCacdacの代理人として行動した証拠がない。さらに、CacdacがByron Expressの所有者であることを証明する証拠が不足している。」
また、
「Cacdacは信託受領書に基づく取引に参加した証拠がない。信託受領書にはCacdacの名前と署名がなく、Jusonがどのような資格で燃料を受け取ったかについても明記されていない。」
そして、
「CacdacがByron Expressの所有者であることを証明する証拠がない。企業の義務に対して一般的に責任を負うことはできない。」
実用的な影響
この判決は、信託受領書を使用する企業や個人に対して重要な影響を及ぼします。まず、信託受領書に署名していない第三者が民事責任を負うためには、その第三者が取引に直接関与していることを証明する必要があります。また、企業の所有者や役員が企業の義務に対して個人として責任を負うためには、企業の別個の法的地位を貫通する証拠が必要です。
企業や不動産所有者に対しては、信託受領書を使用する前に、取引の性質とその法的影響を十分に理解することが重要です。特に、信託受領書に署名する個人がその責任を理解し、適切な文書管理を行うことが求められます。また、企業の所有者や役員は、企業の義務に対して個人として責任を負う可能性を考慮し、適切な法的保護を確保する必要があります。
主要な教訓として、以下の点を実行してください:
- 信託受領書に署名する前に、取引の性質と法的影響を理解する
- 信託受領書に署名する個人がその責任を理解し、適切な文書管理を行う
- 企業の所有者や役員は、企業の義務に対して個人として責任を負う可能性を考慮し、適切な法的保護を確保する
よくある質問
Q: 信託受領書とは何ですか?
信託受領書は、商品を信託する取引において使用される文書で、受領者が商品を販売し、その売却代金を信託者に返済する義務を負うことを規定しています。
Q: 信託受領書に基づく民事責任はどのように成立しますか?
信託受領書に基づく民事責任は、受領者が商品を販売し、その売却代金を信託者に返済しなかった場合に成立します。信託受領書に署名した個人が責任を負う可能性がありますが、第三者が責任を負うためには、その第三者が取引に直接関与していることを証明する必要があります。
Q: 刑事訴訟で無罪となった場合、民事責任も免除されるのですか?
必ずしもそうではありません。フィリピンでは、刑事責任と民事責任は異なる基準で評価されます。刑事訴訟で無罪となった場合でも、民事責任が認められる可能性があります。
Q: 企業の所有者が企業の義務に対して個人として責任を負うことはありますか?
企業の所有者が企業の義務に対して個人として責任を負うためには、企業の別個の法的地位を貫通する証拠が必要です。企業の所有者や役員が企業の義務に対して個人として責任を負う可能性を考慮し、適切な法的保護を確保することが重要です。
Q: フィリピンで事業を展開する日本企業や在住日本人は、信託受領書を使用する際にどのような注意が必要ですか?
信託受領書を使用する前に、取引の性質と法的影響を十分に理解することが重要です。また、信託受領書に署名する個人がその責任を理解し、適切な文書管理を行う必要があります。さらに、企業の所有者や役員は、企業の義務に対して個人として責任を負う可能性を考慮し、適切な法的保護を確保することが求められます。
ASG Lawは、フィリピンで事業を展開する日本企業および在フィリピン日本人に特化した法律サービスを提供しています。信託受領書や民事責任に関する問題、特に日本企業や日本人が直面する特有の課題について専門的なサポートを提供します。バイリンガルの法律専門家がチームにおり、言語の壁なく複雑な法的問題を解決します。今すぐ相談予約またはkonnichiwa@asglawpartners.comまでお問い合わせください。
コメントを残す