フィリピン最高裁判所判例解説:共謀と殺人罪・重過失致死罪の区別 – バルダー事件

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共謀があっても殺人罪とは限らない:重過失致死罪との境界線

G.R. No. 125306, December 11, 2000

フィリピンの刑事法において、共謀は罪の責任を問う上で重要な概念です。しかし、共謀があったからといって、常に重い罪に問われるとは限りません。最高裁判所が示したバルダー事件の判例は、共謀と罪の種類、特に殺人罪と重過失致死罪の区別について重要な教訓を与えてくれます。本稿では、この判例を詳細に分析し、実務上の意義と一般の方々への影響を解説します。

事件の概要

バルダー事件は、1994年1月30日にカピス州プレジデントロハスの公共広場で発生した射殺事件に端を発します。CAFGU(市民軍事部隊)のメンバーであるフランシスコ・バルター・ジュニア、プリモ・ヴィラヌエヴァ(別名「エスポク」)、ローリー・バルターの3被告は、共謀してマリアーノ・セリーノ・ジュニアを射殺したとして殺人罪で起訴されました。第一審の地方裁判所は3被告を有罪とし、重懲役刑を言い渡しました。しかし、プリモ・ヴィラヌエヴァのみが控訴審に進み、最高裁判所まで争われた結果、原判決が一部変更されました。

法的背景:共謀、殺人罪、重過失致死罪

フィリピン刑法第248条は殺人罪を規定しており、一定の状況下での殺人を重罪としています。一方、第249条は重過失致死罪を規定し、殺意がない場合の過失による死亡を処罰します。共謀は、2人以上が犯罪実行の合意に至り、実行を決意した場合に成立します。共謀が認められると、共謀者全員が、たとえ実行行為の一部しか担当していなくても、犯罪全体について責任を負うのが原則です。ただし、共謀があったとしても、犯罪の種類(殺人罪か重過失致死罪か)を決定する際には、計画性、残虐性、被害者の無防備さなど、様々な要素が考慮されます。

本件で重要なのは、殺人罪を重罪とするための「酌量すべき事情」の有無です。刑法第248条は、殺人罪を重罪とする要件として、背信行為、明白な計画性、優位な立場を利用することなどを挙げています。これらの事情が立証されなければ、たとえ殺人が行われても、重過失致死罪にとどまる可能性があります。

最高裁判所は、過去の判例で共謀について次のように述べています。「共謀は、2人以上が重罪の実行に関する合意に至り、それを実行することを決定したときに存在する。犯罪を実行する合意は、犯罪の実行方法や態様から推測することも、共同の目的と意図、協調的な行動、および意図の共通性を指摘する行為から推測することもできる。」(People vs. Cawaling, 293 SCRA 267, 306 (1998))。

最高裁判所の判断:殺人罪から重過失致死罪へ

最高裁判所は、控訴審において、第一審判決を一部覆し、プリモ・ヴィラヌエヴァの罪状を殺人罪から重過失致死罪に変更しました。その主な理由は、殺人罪を重罪とする「酌量すべき事情」が十分に立証されていないと判断したためです。裁判所は、背信行為、優位な立場を利用すること、明白な計画性のいずれも、本件では認められないとしました。

特に、裁判所は背信行為について、「攻撃手段が被害者に自己防衛や報復の機会を全く与えなかった場合、かつ、そのような手段が意図的かつ意識的に採用された場合にのみ認められる」と指摘しました。本件では、被害者がトラックから被告らが降りてきた時点で逃げる機会があった可能性があり、また、殺害手段が意図的に計画されたとは言えないと判断されました。

さらに、優位な立場を利用することについても、単に被告が被害者より人数が多かったというだけでは不十分であり、「被告らが犯罪を impunity で実行するために、自分たちの結合した力を利用した有利な立場を確保した」という証拠が必要であるとしました。本件では、そのような状況は認められませんでした。

明白な計画性についても、犯罪を重罪とするためには、「犯罪者が犯罪を行うことを決定した時期」、「彼が自分の決定に固執していることを明白に示す行為」、「決定と実行の間に、自分の行為の結果を熟考するのに十分な時間の経過」の3つの要素が明確に証明される必要があるとしました。本件では、これらの要素を裏付ける直接的な証拠はありませんでした。

裁判所は、「殺人罪を重罪とする酌量すべき事情は、殺人そのものと同じくらい疑いの余地なく証明されなければならず、単なる推論から推測することはできない」と強調しました。(People vs. Solis, 291 SCRA 529, 540 (1998))。

結果として、最高裁判所は、プリモ・ヴィラヌエヴァを含む3被告の罪状を重過失致死罪に変更し、刑罰も軽減しました。ただし、共謀の事実は認められたため、3被告は連帯して被害者の遺族に対して損害賠償責任を負うことになりました。

実務上の意義と教訓

バルダー事件の判例は、フィリピンの刑事裁判において、共謀の認定と罪状の決定が必ずしも一直線ではないことを示しています。共謀があったとしても、殺人罪のような重罪が成立するためには、法律で定められた「酌量すべき事情」が厳格に立証されなければなりません。検察官は、単に共謀の事実だけでなく、これらの事情も具体的に証明する必要があります。

また、本判例は、弁護士にとっても重要な教訓を与えます。被告が共謀を認めた場合でも、自動的に重罪を認めるのではなく、検察側の立証責任を追及し、罪状の軽減を求める余地があることを示唆しています。特に、酌量すべき事情の立証が不十分な場合は、重過失致死罪への変更を積極的に主張すべきです。

実務上のポイント

  • 共謀があったとしても、殺人罪が成立するためには、背信行為、明白な計画性、優位な立場を利用することなどの「酌量すべき事情」のいずれかが立証される必要がある。
  • 「酌量すべき事情」の立証は、単なる推測ではなく、明確な証拠に基づいて行われなければならない。
  • 弁護側は、検察側の立証責任を厳格に追及し、酌量すべき事情の欠如を主張することで、罪状の軽減を目指すべきである。

よくある質問(FAQ)

Q1: 共謀が認められると、必ず殺人罪になるのですか?

A1: いいえ、共謀が認められても、必ずしも殺人罪になるとは限りません。殺人罪が成立するためには、共謀に加えて、背信行為、明白な計画性、優位な立場を利用することなどの「酌量すべき事情」のいずれかが立証される必要があります。これらの事情が立証されない場合、重過失致死罪など、より軽い罪になる可能性があります。

Q2: 重過失致死罪と殺人罪の違いは何ですか?

A2: 最大の違いは殺意の有無です。殺人罪は、人を殺害する意図を持って行われた場合に成立します。一方、重過失致死罪は、殺意はないものの、過失によって人を死亡させてしまった場合に成立します。刑罰も大きく異なり、殺人罪の方が重過失致死罪よりも重い刑が科せられます。

Q3: 本判例は、一般の人々にも関係がありますか?

A3: はい、本判例は、刑事事件に巻き込まれる可能性のある全ての人々に関係があります。共謀や罪状の決定は、刑事裁判において非常に重要な要素であり、その理解は自己防衛のために不可欠です。また、企業や団体においても、従業員の行為が共謀とみなされ、組織全体が責任を問われるリスクがあるため、注意が必要です。

Q4: 損害賠償責任は誰が負うのですか?

A4: 共謀が認められた場合、共謀者全員が連帯して損害賠償責任を負います。つまり、共謀者のうちの一人が損害賠償金を支払えない場合、他の共謀者がその分を負担しなければならない可能性があります。本判例でも、3被告全員が連帯して損害賠償責任を負うことが命じられました。

Q5: 本判例の判決は、他の被告にも適用されますか?

A5: はい、最高裁判所は、控訴しなかった他の被告(フランシスコ・バルター・ジュニアとローリー・バルター)にも、本判例の判決を適用しました。これは、フィリピンの刑事訴訟法が改正され、控訴した被告に有利な判決は、控訴しなかった被告にも適用されるようになったためです。これにより、一部の被告のみが控訴した場合でも、公平な結果が得られるようになりました。

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