情状酌量による殺人罪から傷害罪への減刑
フィリピン最高裁判所判決 G.R. No. 130608, 1999年8月26日
序論
酒宴の席での口論が、取り返しのつかない悲劇に発展することは少なくありません。些細な口喧嘩がエスカレートし、暴力事件、最悪の場合は死に至るケースも存在します。本稿で解説する最高裁判決は、まさにそのような状況下で発生した事件を扱っています。被告人は当初殺人罪で有罪判決を受けましたが、最高裁は情状酌量の余地を認め、傷害罪へと減刑しました。本判決を通して、フィリピン刑法における情状酌量の重要性、特に「重大な違法行為の即時的復讐」という減軽事由について深く掘り下げて解説します。
法的背景:殺人罪と情状酌量
フィリピン刑法において、殺人罪は重罪であり、通常は終身刑が科せられます。しかし、犯罪の状況によっては、刑を減軽する「情状酌量」が認められる場合があります。情状酌量は、犯罪行為の重大さを軽減する要因であり、被告人の刑罰を軽くする効果があります。
本件で重要な情状酌量事由は、刑法第13条第5項に規定される「重大な違法行為の即時的復讐」です。これは、被害者から重大な違法行為を受けた直後に、その復讐として犯罪を行った場合に適用されます。ここでいう「重大な違法行為」とは、身体的暴行や名誉毀損など、人の感情を激しく害する行為を指します。
刑法第13条(情状酌量事由)より関連部分を引用します。
第13条 情状酌量事由。- 以下は情状酌量事由とする。
…
5. その行為が、本人、配偶者、尊属、卑属、嫡出若しくは非嫡出の兄弟姉妹、又は同程度の姻族に対する重大な違法行為の即時的復讐として行われた場合。
この条項は、人が重大な違法行為を受けた直後の激情状態において、犯罪を犯してしまった場合に、その責任を軽減することを目的としています。重要なのは、「即時的」である点、つまり、違法行為と復讐行為との間に時間的な隔たりがないことが求められます。
事件の経緯:パーティー、暴行、そして刺殺
事件は、1994年10月24日、アクラン州バタンのディエゴ・ペロニオ宅で開催された誕生日パーティーで発生しました。被告人アーサー・デラ・クルスは、叔父であるディエゴのパーティー準備を手伝っていました。パーティーには、被害者マーベル・バプティスタを含む近所の人々が集まり、酒宴が始まりました。
午後8時過ぎ、被告人の母親が夫(被告人の父親フェリックス)を迎えに来ました。その後、参加者の一人であるマーベルが、被告人の父親フェリックスを殴打する事件が発生しました。この騒ぎを聞きつけた被告人は現場に駆けつけ、父親が被害者マーベルに暴行されているのを目撃しました。被告人はマーベルに暴行をやめるよう求めましたが、マーベルは聞く耳を持たず、さらに被告人にナイフを突きつけようとしました。
被告人は、マーベルからナイフを奪い、もみ合いの末、マーベルを数回刺してしまいました。マーベルはその後死亡。被告人は殺人罪で起訴されました。
裁判所の判断:殺人罪から傷害罪へ、情状酌量を認める
一審の地方裁判所は、被告人を殺人罪で有罪としましたが、情状酌量として自首を認め、刑を終身刑から仮釈放なしの終身刑(reclusion perpetua)としました。しかし、被告人はこれを不服として上訴。
最高裁判所は、一審判決を一部変更し、被告人の罪を殺人罪から傷害罪(homicide)に減刑しました。その理由として、最高裁は以下の点を重視しました。
「我々は、ロメオとジェリーの証言のある側面を支持できない。証人の証言の価値を判断する基準は、それが人間の知識に合致し、人類の経験と一致しているかどうかである。…証人を最も注意深く精査するだけでなく、証人が語る出来事の全体像を把握することも同様に重要である。…通常の出来事の経過により一致するのは、マーベルが道でフェリックスを殴り、その後、アーサーがそこにいることに気づかずにディエゴの家に戻ったということであろう。しかし、アーサーは自分の父フェリックスを殴ったのがマーベルであることを知ったに違いない。そのため、父に対する不正行為の即時的な復讐として、アーサーはマーベルを刺したのである。」
最高裁は、事件の状況から、被告人が父親に対する暴行という「重大な違法行為」を目の当たりにし、激しい怒りと復讐心に駆られて犯行に及んだと認定しました。そして、この状況は刑法第13条第5項の「重大な違法行為の即時的復讐」に該当すると判断し、情状酌量を認めました。さらに、被告人が自首したことも情状酌量として考慮されました。
結果として、最高裁は被告人の刑を、終身刑から、懲役2年4ヶ月から8年2ヶ月の範囲に変更しました。これにより、被告人は早期の社会復帰の可能性が開かれました。
実務上の意義:情状酌量がもたらす影響
本判決は、フィリピン刑法における情状酌量の重要性を改めて示したものと言えます。特に、「重大な違法行為の即時的復讐」という減軽事由は、激情に駆られた犯罪行為に対して、一定の寛容さを示すものです。弁護士は、このような情状酌量事由を積極的に主張することで、クライアントの刑を軽減できる可能性があります。
本判決から得られる実務上の教訓は以下の通りです。
- 激情に駆られた犯罪であっても、情状酌量によって刑が軽減される可能性がある。
- 「重大な違法行為の即時的復讐」は、有効な減軽事由となりうる。
- 自首は情状酌量として考慮される。
- 弁護士は、情状酌量事由を積極的に主張し、クライアントの利益を守るべきである。
FAQ – よくある質問
Q1: 殺人罪と傷害罪の違いは何ですか?
A1: 殺人罪は、人を殺害する意図を持って殺した場合に成立します。傷害罪は、殺意がない場合、または情状酌量事由がある場合に適用されます。刑罰は殺人罪の方が重く、傷害罪の方が軽くなります。
Q2: 「重大な違法行為の即時的復讐」とは具体的にどのような状況ですか?
A2: 例えば、目の前で家族が暴行を受けているのを目撃し、激しい怒りから加害者を攻撃してしまった場合などが該当します。重要なのは、違法行為と復讐行為が時間的に近接していることです。
Q3: 自首は刑の減軽にどの程度影響しますか?
A3: 自首は、裁判所が情状酌量として考慮する重要な要素の一つです。自首することで、刑が大幅に減軽される可能性があります。ただし、自首したからといって必ず無罪になるわけではありません。
Q4: 情状酌量は誰が判断するのですか?
A4: 情状酌量の有無や程度は、裁判官が証拠や弁論に基づいて総合的に判断します。弁護士は、クライアントに有利な情状酌量事由を積極的に主張し、裁判官の判断を促します。
Q5: 本判決は今後の裁判にどのように影響しますか?
A5: 本判決は、同様の状況下での裁判において、情状酌量を認めるべきかどうかの判断基準を示すものとなります。弁護士は、本判決を引用して、クライアントに有利な弁護活動を行うことができます。
ASG Lawは、フィリピン法に関する深い知識と豊富な経験を持つ法律事務所です。本稿で解説した情状酌量に関する問題を含め、刑事事件全般について、日本語と英語でご相談を承っております。お困りの際は、お気軽にご連絡ください。
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Source: Supreme Court E-Library
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