フィリピンの殺人罪:意図的な殺人と過失致死の違い

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意図的な殺人か過失致死か:フィリピンの殺人罪における重要な区別

G.R. No. 121768, July 21, 1997

フィリピンの刑法において、殺人罪は重大な犯罪であり、その量刑は犯罪の性質と状況によって大きく異なります。特に、パラシッド(尊属殺人)事件は、被害者と加害者の関係性から、社会に大きな衝撃を与えることがあります。本稿では、フィリピン最高裁判所の判決である PEOPLE OF THE PHILIPPINES, PLAINTIFF-APPELLEE, VS. DOMINGO CASTILLO, JR., ACCUSED-APPELLANT. (G.R. No. 121768, July 21, 1997) を分析し、殺人罪における「意図」と「過失」の区別の重要性、そしてそれが量刑にどのように影響するかについて解説します。

事件の概要

本件は、ドミンゴ・カスティージョ・ジュニアが、父親であるドミンゴ・カスティージョ・シニアをピックアップトラックで轢き殺した事件です。事件当日、ドミンゴ・ジュニアと父親はレストランで飲酒後、口論となり、自宅近くで父親がトラックの前に立ちはだかりました。ドミンゴ・ジュニアは、父親を轢く意図を持ってトラックを急発進させ、父親を轢いた後、さらにバックして再度轢いたとされています。ドミンゴ・ジュニアは過失致死を主張しましたが、裁判所は証拠に基づき、意図的な殺人、すなわちパラシッド(尊属殺人)と認定しました。

フィリピン刑法における殺人罪とパラシッド(尊属殺人)

フィリピン改正刑法第246条は、パラシッド(尊属殺人)を定義しています。これは、父親、母親、子供(嫡出子、非嫡出子を問わず)、または直系尊属、直系卑属、配偶者を殺害した場合に成立する犯罪です。パラシッドの量刑は、懲役刑(reclusion perpetua)から死刑と定められています。

一方、殺人罪(単純殺人)は、パラシッドに該当しない殺人全般を指し、改正刑法第248条に規定されています。殺人罪の量刑は、懲役刑(reclusion temporal)から終身刑(reclusion perpetua)です。

本件で重要なのは、ドミンゴ・ジュニアの行為が「意図的な殺人」であったか、「過失致死」であったかという点です。意図的な殺人と過失致死は、刑法上の概念として明確に区別されます。意図的な殺人は、犯人に殺意があった場合に成立し、より重い罪となります。一方、過失致死は、殺意はなくとも、不注意や過失によって人を死なせてしまった場合に成立し、量刑はより軽くなります。

改正刑法第365条は、過失による犯罪について規定しており、その量刑は、過失の程度や結果の重大さによって異なります。過失致死の場合、一般的には逮捕状なしでの逮捕は認められず、保釈も比較的容易です。しかし、意図的な殺人、特にパラシッドの場合は、逮捕状なしでの逮捕が認められ、保釈も困難になる場合があります。

最高裁判所の判断:意図的な殺人(パラシッド)の認定

本件において、ドミンゴ・ジュニアは、過失致死を主張し、事故であったと弁解しました。しかし、最高裁判所は、地方裁判所の判決を支持し、ドミンゴ・ジュニアの行為を意図的な殺人、すなわちパラシッドと認定しました。その理由として、以下の点が挙げられます。

  • 目撃証言:目撃者のマリアーノとアガランの証言は、ドミンゴ・ジュニアが父親を「威嚇」するためにトラックを前進させ、その後、父親が「殺すのか」と叫んだ後、バックして加速し、父親を轢いた状況を詳細に証言しました。
  • 犯行後の行動:ドミンゴ・ジュニアは、父親を轢いた後、救助を求めず、そのまま立ち去りました。事故であれば、通常はすぐに救助活動を行うはずであり、この行動は意図的な犯行を示唆すると裁判所は判断しました。
  • 動機:ドミンゴ・ジュニアと父親の間には、以前から確執があり、事件当日も口論となっていたことが明らかになりました。裁判所は、動機は必ずしも明確である必要はないとしつつも、親子間の確執が犯行の背景にあった可能性を指摘しました。

最高裁判所は、判決の中で、目撃者の証言の信用性を重視し、「刑事事件における証人の信用性については、控訴裁判所は、実証的証拠を検証し、証人の態度を観察する上でより有利な立場にある地方裁判所の認定を尊重する」という原則を改めて強調しました。

さらに、裁判所は、「違法行為を意図的に行うことは、過失または単純な不注意という考え方とは本質的に矛盾する」と述べ、ドミンゴ・ジュニアの行為が、過失ではなく、意図的なものであったことを明確にしました。

「記録には、被告人がピックアップの前に立ちはだかった被害者を避けようとした証拠は一切ない。むしろ、マリアーノの証言は、実際に被害者を轢く前に、被告人がピックアップを前進させることによって被害者を『威嚇』しており、それが被害者に『殺すのか』と叫ばせたという趣旨である。さらに悪いことに、被告人は勢いを増すためにバックし、その後、車両が間違いなく被害者に衝突することを十分に承知の上で、非常に速い速度で加速した。」

実務上の教訓と今後の影響

本判決は、フィリピンにおける殺人罪、特にパラシッド事件において、「意図」の立証がいかに重要であるかを示しています。検察官は、被告人の行為が意図的なものであったことを、証拠に基づいて合理的な疑いを超えて立証する必要があります。弁護士は、被告人の行為が過失によるものであった場合、それを積極的に主張し、立証活動を行う必要があります。

本判決は、今後の同様の事件において、裁判所が「意図」の有無を判断する際の重要な参考事例となります。特に、目撃証言の信用性、犯行後の被告人の行動、動機などが、意図の認定において重要な要素となることが示唆されています。

主な教訓

  • 殺人罪における「意図」と「過失」の区別は、量刑を大きく左右する。
  • パラシッド(尊属殺人)は、より重い罪であり、量刑も重い。
  • 裁判所は、「意図」の有無を判断する際、目撃証言、犯行後の行動、動機などを総合的に考慮する。
  • 弁護士は、被告人の行為が過失によるものであった場合、それを積極的に主張し、立証活動を行う必要がある。

よくある質問(FAQ)

  1. Q: パラシッド(尊属殺人)とは具体的にどのような犯罪ですか?
  2. A: パラシッドは、フィリピン刑法第246条に規定される犯罪で、父親、母親、子供、または直系尊属、直系卑属、配偶者を殺害した場合に成立します。量刑は、懲役刑から死刑です。
  3. Q: 意図的な殺人と過失致死の違いは何ですか?
  4. A: 意図的な殺人は、犯人に殺意があった場合に成立し、より重い罪となります。過失致死は、殺意はなくとも、不注意や過失によって人を死なせてしまった場合に成立し、量刑はより軽くなります。
  5. Q: 本件で、なぜドミンゴ・ジュニアはパラシッドで有罪となったのですか?
  6. A: 最高裁判所は、目撃証言、犯行後の行動、親子間の確執などを総合的に判断し、ドミンゴ・ジュニアの行為が意図的な殺人、すなわちパラシッドであったと認定しました。
  7. Q: 過失致死で起訴された場合、どのような弁護活動が考えられますか?
  8. A: 過失致死で起訴された場合、弁護士は、被告人の行為に殺意がなかったこと、事故であったこと、過失の程度が軽微であったことなどを主張し、立証活動を行います。
  9. Q: フィリピンで刑事事件を起こしてしまった場合、誰に相談すれば良いですか?
  10. A: フィリピンで刑事事件を起こしてしまった場合は、刑事事件に強い弁護士に相談することが重要です。ASG Lawは、刑事事件に関する豊富な経験と知識を持つ法律事務所です。

ご不明な点やご相談がございましたら、お気軽にお問い合わせください。ASG Lawは、フィリピン法に精通した専門家チームが、お客様の法的問題を解決するために尽力いたします。
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*本記事は一般的な情報提供を目的としており、法的助言を構成するものではありません。具体的な法的問題については、必ず専門の弁護士にご相談ください。

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